『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.383

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す、乍去存外ニ其方は異人之受方宜敷も知れ不申候由、, といふ類、誠に應接に困り候よし、, 正月廿七日夜中、中島三郎助咄、, 一今日數艘江戸海え乘込たるは、別に〓氣惡意こは無之樣子、異船迚も十隻や十五隻にて、, 一アーダムス之狡猾なる、精々浦賀え漕〓之義申喩し候内、浦賀は碇泊に不宜といふ、然, こる應接ニ相成可申、依之明廿八日、伊澤美作守付添として、私ニ金川え出張致し候、, こしたり、昨日喩したる主意之、且猶又喩積り〓、今晩未歸、香山之策も良策とは思りれ, 一今廿七日、香山榮左衞門又候應接異船え罷越、一昨日之返書持參、是は蘭文と漢文貳通, 何事をろ仕出し可申と見込候由、, 一中嶋之喩之方は如何哉と尋候處、浦賀士邊鄙と雖も、壹ケ所之海關之、自國之船といへ, 彼か病之、或はフレシテンド之命之と云ひ、或は碇泊に不宜と云、或は深しと云、は狹し, は湊内ニ可入といふは、彼云、何分狹くして不宜と、強る右樣に口に任さていふ募候事, 一何分異人強情にて申出たるを不變改、アーダムス之強情ニは困入、當分金川〓小柴沖邊, 〔浦賀日乘〕, 如是我問所載, ○東京帝國大學所藏本, 略、, ○中, 金川カ小柴, 邊ニテ應接, 持參ス, ハ狡猾ナリ, 香山返翰ヲ, 「アダムズ」, 中島ノ喩方, 安政元年正月二十六日, 三八三

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  • 如是我問所載
  • ○東京帝國大學所藏本
  • 略、
  • ○中

頭注

  • 金川カ小柴
  • 邊ニテ應接
  • 持參ス
  • ハ狡猾ナリ
  • 香山返翰ヲ
  • 「アダムズ」
  • 中島ノ喩方

  • 安政元年正月二十六日

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  • 三八三

注記 (27)

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