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ミ、命有てのもの種、死力を盡すへき場所こあらす、諸家一同右之通りなるとき〓、, 誰有て死力を出し防戰可致やのは有之間敷、右ニ付警衞向心懸るもの更こ次し、愚拙なども戰隊ニ加へらるゝといへと, 候、小組こ分候事不相成候へば、急場ニ臨み横を打、或て越働等之迅烈なる所作は、埓明不申ものこ御座候、, られ、雛棚の如く〓り置給ふとも、急場の御用こし相成申間敷、しかし御秘哀なと申事候へば、大筒車の自ラゆるぎ出て、, いたし候こ、一人打殺され候なも二人こて働き、又一人打殺され候なも一人にて玉込打方へたし候程に教へ立たる、敢, 死の士を多く御撫育無之候半なは、實ニ無盆之長物、莫大之御入用を以御鑄立候なも、何之役ニも相立申間敷、一輛ニ, 之處、御譜代衆ニ武邊之人なく、御旗本の士皆柔弱、其上武備ニ疏し、依之外樣を被芟出るゝ事と見ゆ、弊藩こおゐては、, も、いまた甲冑さへも不整、今こも出陣の觸來らば、出たらめの裝束こて駈出し、夷賊きそひ懸らば尻をからげて逃出の, 三人掛り、玉藥持運二人、都合五人敢死の士ならて叶ひ不申、何れも一粒より純粹の武士ニ無之候半〓は御用辨相成不, ク候るも、精銅を以丈夫ニ鑄立、活用可仕戰士數多候へば、虎口は保テ候ものこさ、たとへは三人働にて一輛の大筒打方, 玉藥を裝、自然と玉飛出て、夷賊共を韲粉とすべき妙用有之候はゝ格別、左も無之候はゝ、大筒は自ラ働のならぬやの故、, 是を活用可仕は人ニ有之、此戰士の御撰無之候へば、百千万の大筒を並へ給ふとも何之御用ニも相立申間敷、大筒數少, 候事故、一車の頭こ命セられ、七拾四人、其餘手傳四人ツヽ、此人數貳百九拾六人、都合三百七拾人無之候半なは、活用不, 仕、其上惣頭一兩人、隊長數員無之候半るなは、小組ニ分候〓不相成、又一隊ツヽにすゝめ候なとの指揮行屆申間敷奉存, 年は異船渡來之噂あり、御當家こし三崎御固の支故、定めて軍〓之御指揮嚴重こして、士らしき目出度春を迎へ給ふら, 申、此處を得よ御勘考被成下、戰士之御撰肝要と奉存候、其上何程修練執行相整ひ候ものニるも、調練無之候半なは、十, 車・廿車・百車・千車を自身の指臂を動し候如く、進退周旋往來屈伸自由白在ニ取扱候事は相成不申ものゆへ、旗皷の指, 甲寅正月新年の賀儀として、或藩親友乃許へまかりて、賓主を分て座定り、一通り視詞も濟て雜談に移り、賓問て云、當, 揮惣練被仰付候方よ奉存候、先ツ士拾四輛の野戰大筒車取扱候こし、打前之もの一人ツヽ、是は一車之事を總るな取扱, んと祝しれれば、主人微笑して、芳問の如く三崎御固相蒙るといへとも、是等は御譜代衆及御旗本の諸士を以可被警衞, コト肝要, 當今ノ武士, ノ心得, 戰士ヲ撰ブ, 安政元年二月二日, 八八
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- コト肝要
- 當今ノ武士
- ノ心得
- 戰士ヲ撰ブ
柱
- 安政元年二月二日
ノンブル
- 八八
注記 (26)
- 195,646,49,1521ミ、命有てのもの種、死力を盡すへき場所こあらす、諸家一同右之通りなるとき〓、
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- 1833,642,48,2228られ、雛棚の如く〓り置給ふとも、急場の御用こし相成申間敷、しかし御秘哀なと申事候へば、大筒車の自ラゆるぎ出て、
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- 1399,640,50,2199死の士を多く御撫育無之候半なは、實ニ無盆之長物、莫大之御入用を以御鑄立候なも、何之役ニも相立申間敷、一輛ニ
- 450,637,52,2219之處、御譜代衆ニ武邊之人なく、御旗本の士皆柔弱、其上武備ニ疏し、依之外樣を被芟出るゝ事と見ゆ、弊藩こおゐては、
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- 1745,643,49,2228玉藥を裝、自然と玉飛出て、夷賊共を韲粉とすべき妙用有之候はゝ格別、左も無之候はゝ、大筒は自ラ働のならぬやの故、
- 1659,640,49,2208是を活用可仕は人ニ有之、此戰士の御撰無之候へば、百千万の大筒を並へ給ふとも何之御用ニも相立申間敷、大筒數少
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- 1054,633,48,2213揮惣練被仰付候方よ奉存候、先ツ士拾四輛の野戰大筒車取扱候こし、打前之もの一人ツヽ、是は一車之事を總るな取扱
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