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○附録, 至るべき虞あるより、茲に已むなく病氣と稱し退隱するに至れるものなり、されど利義公立つも、公實權を握り、政務, の志にあらざるも、近時國政盆紊亂し、農民一〓〓々として起り、幕府探偵を放ちて公の動靜を探り、由々しき大事に, 仙臺領に押寄せたる前代未聞の大一〓あり、幕府看過すべからずとし、同年末閣老阿部伊勢守より公に參府の命を傳, 公立つも公依然として政務を執り、奢侈を恣にして國費の膠脹を顧みざるため、嘉永六年六月に至り、八千餘の農民, ふ、公參府を欲せざるも幕命拒むべからず、翌安政元年正月二十六日出發に決定し、準備既に成りたるも、この日公菜, 〓)直諫し、夜に入りて漸く出發せしめたるた, 嘉永元年三月十八日、公世子利義に職を讓りて退隱せん事を幕府に願出で、六月十三日その許可を得たり、退隱はそ, を執れるのみならず、利義公のなす所公の意に副はずとして、翌年に至りこれを斥けてその三子利剛公を立つ、利剛, 已上、, 公は三十四世利雄公の孫にして、大望を懷て廢嫡されたる利謹の子なり、母は米子、寛政九年八月盛岡において生る。, 園に遊びて更に出發の色なく、日將に暮れんとす、家老楢山五左衞門(〓, 寅二月, 右之通申出候旨、御留守居ゟ申上ル、, め、市内仙北丁に一泊するの已むなきに至る、尚ほ好ましからざる參府なるを以て、更に行程を急がず、その翌日は郡, 〔南部史要〕, 寅二月星野久民, 利濟公, 星野久民, 略〓, ○中, 第三十, 佐渡, 後に, 八卅, 實權ヲ握ル, 利濟退隱ス, 大一揆, ルモ政務ノ, 嘉永六年ノ, 安政元年二月二十三日, 六六六
割注
- 第三十
- 佐渡
- 後に
- 八卅
頭注
- 實權ヲ握ル
- 利濟退隱ス
- 大一揆
- ルモ政務ノ
- 嘉永六年ノ
柱
- 安政元年二月二十三日
ノンブル
- 六六六
注記 (32)
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