『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.669

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大奧の新御殿を破壞し、志和の承慶橋を取拂ひ、河東の新道を廢し、津志田の遊廓を禁止す、また近年番所を多く設置, せるため、新に同心を召抱へたるも、新番所取拂のため、同心九十六人に暇を賜ひ、奧向女中從來上下三百人ほどなり, 死に至るまで惰容を示さゞりしといふ、, 四月休役家老横澤兵庫に對し左の嚴命あり、, 定奉行その他に處罰せられたるもの數名ありたり、その後兵庫は謹愼して一室に籠り、常に城の方面に向ひて端坐し、, 萬般の用務を辨ずべき旨を達し、この發令と共に公は膳部を減じ、衣服を一切木綿とし、燭臺の如き夜食の終ると共, しを約五十人に減ず、また公手書にて儉約の令を下し、自身率先してこれを〓行し、一箇年二百十兩にて夜食その他, の積極的計晝を立てたり、されどその計畫餘りに急激にして、且つ膨大なるため、同僚并に一般の反對を受け、經營半, 安政元年二月、利濟公幕府の叱責を受けて江戸の下屋敷に謹愼せるより、その後は公、政を親らし、取敢へず華美なる, 途にして破れ、家老も遂に休職となりたるものなり、このたび蟄居を命ぜられたるも、またこの結果にして、同時に勘, にこれを行燈に換へたりといふ、また公は大小諸士の困難を救ふため諸士の貸借を年賦とし、十兩以上は三十箇年賦、, 十兩以下は二十箇年賦、五兩以下は十箇年賦と定む、, 勘辨、御改革と號し、御政治を亂し、衆民を虐げ候所より、此度不容易御沙汰柄に被爲至候段、畢竟御寵恩に誇り、我, 自分儀、追々被召出、重き御役儀迄被仰付候處、不顧御高恩、勤中〓佞を以て奉欺上、恣權威、剩へ往々の御差支も無, 意の勤方無調法至極に付、急度可被及御沙汰所、休役後の儀に候へば、格別の御憐愍を以て、人元親類へ御預け、蟄, 兵庫は利濟公に拔擢せられ、微賤より身を起して家老となり、公を補佐して武備の充實、殖産興業の奬勵、その他種々, 里方といへる關係よりして、一〓權力強かりしが、この事幕府に聞え、幕吏より三人衆の質問を受くるが如き状况と, 居被仰付者也、, なりたるを以て、こゝに斷然たる處置をなすに至れるなり、, ○中, 略、, 處分, 横澤兵庫ノ, 利剛ノ藩政, 改革, 安政元年二月二十三日, 六六九

割注

  • ○中
  • 略、

頭注

  • 處分
  • 横澤兵庫ノ
  • 利剛ノ藩政
  • 改革

  • 安政元年二月二十三日

ノンブル

  • 六六九

注記 (27)

  • 1595,613,54,2209大奧の新御殿を破壞し、志和の承慶橋を取拂ひ、河東の新道を廢し、津志田の遊廓を禁止す、また近年番所を多く設置
  • 1507,617,53,2204せるため、新に同心を召抱へたるも、新番所取拂のため、同心九十六人に暇を賜ひ、奧向女中從來上下三百人ほどなり
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  • 315,613,50,2230定奉行その他に處罰せられたるもの數名ありたり、その後兵庫は謹愼して一室に籠り、常に城の方面に向ひて端坐し、
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