『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.493

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して聽許せらる、渡海費金二百兩特旨を以て賜ふ、同年十月二日、琉球船歸航便に搭じ、恩, て航し、競ふて船中の水を汲ましむ、予並木佐貫刀を採て指揮す、曰く、死は同じく死な, 方に向つて走る、船腹破壞の部は蒲團類を充〓し、海水の浸入を防ぎたり、予は又た船醉, と、大聲奬勵す、船中及び乘客等八十餘人悉く震ひ恐れて交番水を汲む、此時予氣力快々, 平地を歩するが如し、激濤は天を蹴るが如くなりしと雖も、決死眩暈を忘る、稍く天明に, 及んで風雨少しく平穩となり、日光を見るの頃に至つて後晴和に歸し、四方渺茫一島嶼を, り、水船となりて死せんか、將た力を盡して死せむ乎、死は一つなり、汲まざれば切て捨ん, ち、氣力大に勞れ臥して起つこと能はず、從者木佐貫僕藤介も同じく勞る、風雨倍々強く、, 見ず、考ふるに支那近海ならんと、日中に及んで波鎭り風位西に變ず、直に帆を轉じて東, して直に起ち、船頭等に指揮を加へ、小帆を張り風に逆することなく、大洋に方針を取り, 河親方と倶に鹿兒島を發し、同月三日、山川港を發す、同五日、七島洋に於て颶に遭ふ、船, 腹を破り海水浸入甚し、西北風雨強く予船に醉ふこと甚し、鹿兒島を發してより飮食を絶, 船中の人唯々爲す所を知らず、神佛に祈るのみ、殊に闇夜方向咫尺を辨ぜず、予は死を決, せり、且つ密命の趣に依り、集成館職工木佐貫源介、蒸氣機關師なるが故、召連度旨を請願, き旨を傳ふ、尋て琉球人の容姿に變ずべきの内命あり、即日頭寒の病に託して總髮を出願, 山川港ヲ發, 洋上ニ漂フ, 安政五年正月二十日, 四九三

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  • 山川港ヲ發
  • 洋上ニ漂フ

  • 安政五年正月二十日

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  • 四九三

注記 (19)

  • 1599,636,62,2229して聽許せらる、渡海費金二百兩特旨を以て賜ふ、同年十月二日、琉球船歸航便に搭じ、恩
  • 903,642,59,2219て航し、競ふて船中の水を汲ましむ、予並木佐貫刀を採て指揮す、曰く、死は同じく死な
  • 205,640,60,2228方に向つて走る、船腹破壞の部は蒲團類を充〓し、海水の浸入を防ぎたり、予は又た船醉
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