『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.703

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れは、更に恐るゝに足らす候へとも、唯恐るへきは〓寺宦官の類にて、英明を忌む小人の, はるゝ故、薩州ゟ取出候と御答あれは、能も御手の廻りし事なる哉と感〓せらる、公ケ, の御儀ハ御許容ありて、御人柄は御考へ可被爲在との御事にて何の事も候はす、是は全く, 樣之次第にては、彼件も如何あるへき、困し果候ひぬと申させ給へは、伊賀殿、是はともあ, を追ひ驅給ふなと、實に小兒の戲なるを、夫をやかて御運動にもならせられ、難有事の樣, れ、當時の後宮は恐るゝに足らすと申さる、公、先比建儲の御伺の節は如何候ひしにや、, にいひ〓る抔、歎息を極めたる事なる由を申さる、公、西城の事、内勅ありし樣にも承り, ぬ所々、解し難きふし〳〵なとを尋聞かれ、將タかゝる密書何方より御手に入たるやと問, 心より、日夜朝暮昵近して、台聽を傾け奉る僭愬も量りかたくて、此事に心を苦しめ候, 也、近來は御手元にて西洋風の調練御始になりしか、上樣にも銃槍を被爲持、誰となく, 台前の御首尾かくの如くに候やと問はせ給ふに、伊賀殿、中々かくさまには坐さす、建儲, 新御殿を拵へんとて作り構へたる事に候はんと、敢る懸念の体も坐さぬ由、公、御側衆の, 内なとに、兎角支へ申人も候やと問はセ給ふに、伊賀殿、此向きも當今何等の權柄もなけ, 追ひ及き給ふ故、眞に〓かせ給ふ事は被爲在ましき事とは思へと、恐しけれは逃け廻り候, 樣にて、大和へも内見いたさせ、殆とあきるゝ計に候ひきなと申されて、書中の定かなら, ニ驚ク, 密書ノ精密, ノ問答, 慶永ト忠固, 久世廣周モ, 闇寺宦官ノ, 輩恐ルベシ, 安政五年二月二十七日, 七〇三

頭注

  • ニ驚ク
  • 密書ノ精密
  • ノ問答
  • 慶永ト忠固
  • 久世廣周モ
  • 闇寺宦官ノ
  • 輩恐ルベシ

  • 安政五年二月二十七日

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  • 七〇三

注記 (24)

  • 804,621,60,2204れは、更に恐るゝに足らす候へとも、唯恐るへきは〓寺宦官の類にて、英明を忌む小人の
  • 1614,619,62,2211はるゝ故、薩州ゟ取出候と御答あれは、能も御手の廻りし事なる哉と感〓せらる、公ケ
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  • 1495,614,65,2221樣之次第にては、彼件も如何あるへき、困し果候ひぬと申させ給へは、伊賀殿、是はともあ
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