『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.761

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御手入もなけれは、如何あるらん、降勅之有無も風説まてにて、取留たる事もなけれは、, とは於關東御同志の諸侯を御かたらひ有りて、御多人數にて仰上られなは、京地の聞えも, 發したり、此日、公ニは、御兼約にて阿波殿へ被爲入、夜に入りて御歸殿なりしかは、直, 之事と申、左内も被遣置候へは、其上なさるへき樣も被爲在ねと、此表閣中の模樣、近頃は, 見てなるへき程の事を周旋もや仕るへき、此上は青蓮院の法親王は、公の御直書をたに, よろしかるへし、何事も公武の御折合出來兼候所より、將來の見込も定りかたく候へは、, 給ひし折柄、形勢如此なる故、殆御錯愕之御儀ニふ、種々御考被爲在しに、京師之事は隔境, 一ト先歸府も仕へき哉、其旨を伺ひ奉る爲に、猶藏をさし下したる趣をも申述たり、左内, よりの書状如左、, に右状も入御覽、猶藏を以申上る處も及披露しかは、公にも、京師の御都合如何と待せ, 被遣なは、夫をよすかに取入りて、天意の御内實をも相探り見申へくもや、西城の事な, 持參仕候はゝ、拜〓も可被仰付との御内沙汰も有之、又御樞機なる縉紳家へも、御直書を, 左内之書状、并猶藏か申所を聞て、事に關かる面々もいかにかはすへきと、各望洋の歎を, を盡すへき樣もなく候得は、罷歸候半歟、將た甲斐なくとも京地に在りて、事の体を伺ひ, ○左内ヨリ中根靱負宛ノ二月二十九日付書翰、, 及京都報告書ハ、上ニ掲グルヲ以テ、之ヲ略ス〓, 情報ヲ覽ル, 慶永左内ノ, 左内ノ進止, ノ命ヲ請フ, ニ就テ慶永, 安政五年二月二十九日, 七六一

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  • ○左内ヨリ中根靱負宛ノ二月二十九日付書翰、
  • 及京都報告書ハ、上ニ掲グルヲ以テ、之ヲ略ス〓

頭注

  • 情報ヲ覽ル
  • 慶永左内ノ
  • 左内ノ進止
  • ノ命ヲ請フ
  • ニ就テ慶永

  • 安政五年二月二十九日

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  • 七六一

注記 (23)

  • 211,630,70,2216御手入もなけれは、如何あるらん、降勅之有無も風説まてにて、取留たる事もなけれは、
  • 1375,618,69,2223とは於關東御同志の諸侯を御かたらひ有りて、御多人數にて仰上られなは、京地の聞えも
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