『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.548

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比ゟ彌太郎を訪ひたりしに、此比心痛を病みて候へと、押て出仕に及ひたりしに、一昨日, 嫌疑のあれは出兼る旨を申上、惣あ終始共に兵部を畏憚セる事笑止千萬なる事にて、公, り起りやせんと御憂慮ありて、先ツ田宮彌太郎か許へ行て、彼藩の定見を承り糺して、申, 襟も安んせさせられぬ御事なるに、尾張殿之迂濶、形の如くにては、諸侯之不和も彼殿よ, の御家〓々乎たりと、殊に御長歎在らせられき、, の御見込之筋も御熟談整はせ給はねは、彌太郎には近日師質を以て、猶又仰聞られんと仰, たる鐵漢なれは、師質抔か力及ふへき事としもおもはねと、仰ももたしかたく、此日午過る, 思召の外なる事共を申上る故に、海防掛を召されん事を仰するに、さる新規なる事は出來, 侍らすと申、京師の事情なとも知らぬ事のみ多くて、唯々諾々の外は御請答へも申上兼る, さん樣に隨ひて、よさまに説諭すへき由を師質被仰付たり、彌太郎か堅確固執は、世に聞え, さまに見えたり、初に納言殿と御對話の御席へも出居るへき旨を仰けれとも、是も兵部の, 置れしとそ、公、御歸殿の上にて、右等之御次第御物語あつて、親藩の長斯の如し、徳川, 一、公おもほすに、外夷の事に付ては兎もあれ、三親藩を初諸侯一致の事にならては、宸, 三月廿九日、, より堪かたくなりて引籠りたるよし、兩三日の内には快かるへけれは、師質か行とも彌太, ○中, 略、, 略、, ○中, 安政五年三月十六日, 五四八

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  • ○中
  • 略、

  • 安政五年三月十六日

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  • 五四八

注記 (21)

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