『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.806

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如何せんと歎息せられたり、, たる物にて、實事らしくも聞えねと、萬々一眞實ならんには、大に事を害すへきものなり, はさる事にも候へと、左内は已に歸路に就き、此節は驛路に罷在候と申けれは、鴻臚手を, 額に加へて、そは大に望を失へり、同志共も上なき心當に致して在しものを、夫ならては, と兼あ御心にかゝりたる故、先ツ此事を御糺しあるへき歟なとゝの御沙汰なりき、, 尊書奉拜見候、不相變御精忠之思召難有奉存候、, 白といへる物世上に流布せり、專ら京師の論に左袒せられて、大家の御趣意には當り兼, 爲にも、御自身之御爲にも相成間敷、畢竟は日本之御爲と可思召候へとも、たとへ如何, 一、師質罷歸りて、鴻臚の申されたる事を申上たりしに、刑部卿殿に大廣間衆の事は御周旋, 一溪御一條も段々厚御教諭も被爲在候へとも、とかく御發明も不被遊よし、始終上之御, あるへきとの思召こつけても、佐賀の肥前守殿抔は、當時諸侯の領袖なるに、此侯の御建, 樣ニ候共、御同體ニ無之るは不相成御儀、扨々歎息仕候、阿侯云々は、實に驚入候次第、, 四月八日、土岐丹州へ肥前守殿の建白實否之事を御直書こ〓御問合ありし、丹州御請、如, 左、, ○中, 略、, ○中, 略、, 略、, ○中, 書翰, 土岐頼旨ノ, 安政五年四月九日, 八〇六

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  • ○中
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  • 書翰
  • 土岐頼旨ノ

  • 安政五年四月九日

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  • 八〇六

注記 (24)

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