『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.687

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五月朔日、, に正議を壓排して、備中殿孤弱支ふへからさるの勢に立至れる故、公の憤歎は申も更, せんとするの機に乘し、伊賀殿初後宮〓寺英明を忌憚するの徒蜂起して、滔々の衆論既, なる御事にて、かく迄御手を盡され成功一簀を爭ふ時なれは、千思萬慮夜も安く寢ねさ, の原由とはなれる也、公をして京使たらしめんとするも、實に止む事を得さるの窮策, に出たり、雖然公も執權の事は深く懼れ給ひて、任に當り難しとの御旨なりしかと、, 京使の事は一擧に事を完全する拙速の策なる故、強て御固辭には及はさりしなり、公, せ給はす、御同志の遠江守殿・土佐守殿は勿論、橋公を推戴するの諸有志憤懣に堪へさ, 一身の利害は更に顧み給はさりし御事なり、, 安く在らせ給ん事を憚る事もなく願ひいへると、中書殿の語られしよと御物語ありけり、, は橋公たに立せ給へは、天下の事爲すへしとの御着眼なりし故、此公の御爲には、御, るの餘り、公を推して大權を執らしめ、大老を壓倒して正議を挽回せん事を謀れり、, 天下の爲に圖らは其策善からさるにはあらさるへけれと、公の御爲には奇〓を來す, 師質云、大老を命せられし已來、廟堂の形勢一變して、西城の御事も、大老、紀公を擁立, 上にも御病身に渡らせ給へは、一橋殿を御養君になし給ひて、御政務を讓らせ給ひ、世を, 安政五年四月二十五日, ○中, 略、, 慶永ヲ上京, セシムルノ, 一變ス, 廟堂ノ形勢, 大老就任後, 策, 安政五年四月二十五日, 六八七

割注

  • ○中
  • 略、

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  • 慶永ヲ上京
  • セシムルノ
  • 一變ス
  • 廟堂ノ形勢
  • 大老就任後

  • 安政五年四月二十五日

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  • 六八七

注記 (26)

  • 225,651,57,234五月朔日、
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