『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.533

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威權を逞ふせんとする目論見もあると聞えたるよし、兎角女姦を除くか急務なり、西城の事, 告る者は、圓四郎か親類にて、橋の立給はさるを歎きて申出したる事なる故、何の心もな, くて、越公は如何なる人にや、けしからぬ所より宰相か出來て、如何なる事やらん抔と申, なれは猶以宜しかるへし、左すれは、田を西城へ立て、大老を倒し、其跡へ越を任せは、, りたる儘を語れるよしなり、又他ゟ大老の姦計にて三親藩を離間して、宗室を弱め、己か, せしよし、此一條、伊賀殿腹心の談説か、又口舌の謀言か、更に辨し難けれと、參考の爲承, は、圓四郎か許へ徃たりしに、頃日の新聞共心得にもなるへきかとて申聞かせしは、伊賀, 大凡見込は立へきにや、何分當時の爲体にては、手を下す所なしと申されたる由、此事を, 一、此夕、平岡圓四郎か許ゟ、此頃不快にて引籠り在れは、師質に來るへき由を申越せしか, を主張、實に難評となりたる故、我カ考へには、越は橋とは申せとも骨肉の事なれは、田安, 樣に申さるゝは、西城の御事も種々六ケ敷事共にて、別〓越前は橋を嚴敷申立、大老は紀, 齒扼腕、落〓に及ひて歎息せり、御直書如左、, もして挽回セまほしと、千思萬考肝腦を碎けとも必勝の策なくて、殆と困究至極せりと切, の方へ所縁ある者より承はりたりしは、伊賀殿、某への物語りにて、相談の, 殿實弟, ○五月二十二日附、福井藩主松平慶永前水戸藩主, 徳川齊昭宛書翰、上ニ收ムルヲ以テ、之ヲ略ス, 大御番頭, 酒井某、, 師質平岡圓, 四郎ヲ訪フ, 安政五年五月二十二日, 五三三

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  • ○五月二十二日附、福井藩主松平慶永前水戸藩主
  • 徳川齊昭宛書翰、上ニ收ムルヲ以テ、之ヲ略ス
  • 大御番頭
  • 酒井某、

頭注

  • 師質平岡圓
  • 四郎ヲ訪フ

  • 安政五年五月二十二日

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  • 五三三

注記 (23)

  • 254,628,66,2208威權を逞ふせんとする目論見もあると聞えたるよし、兎角女姦を除くか急務なり、西城の事
  • 709,627,65,2216告る者は、圓四郎か親類にて、橋の立給はさるを歎きて申出したる事なる故、何の心もな
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