『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.581

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

ために廣島に一寺を營み、正清院と號す、, 院殿より當麻乃御刀を賜はよ、九年十月二十九日遺領を繼、大廣間に候, す、後代々おなし、十一月朔日襲封を謝するのとき、父か遺物正宗の脇指, し、御刀、脇指、をよひ時服をたまふ、, 三十八、英譽杲悦善芳〓清院と號す、京師新黒谷乃金戒光明寺に葬る、後, 内の供奉を勤む、九年九月三日廣島にをいそ卒す、年四十七、洞雲宗仙自, して御使をたまふ、九年御上洛のとき上京し、はしめて台徳院殿に拜〓, 得院と號す、廣島の國泰寺に葬る、十九日老中酒井讚岐守忠勝をもりて、, 號をたまひ、從五位下安藝守に叙任し、台徳院殿より正宗の御脇指、大猷, 室は東照宮の御息女振姫君、元和三年八月晦日和歌山にをいて逝す、年, 上洛のとき、したかひたそまつり、八月十九日侍從に任し、大獣院殿御參, 光晟元和三年和歌山に生お、時に台徳院殿洛に御座ありしかは、嘉儀と, の御前にをいて元服し、御諱字をたまひ光晟となのり、また松平の御稱, 寛永四年八月二十六日大猷院殿, 玉堂乃茶入を獻す、是日家臣五人御前にいり、二日領知のうち五万石を、, 賻銀五百枚を賜ふ、, 時に, 七歳, 附録, 五八二

割注

  • 時に
  • 七歳

  • 附録

ノンブル

  • 五八二

注記 (20)

  • 1112,753,64,1214ために廣島に一寺を營み、正清院と號す、
  • 402,740,76,2152院殿より當麻乃御刀を賜はよ、九年十月二十九日遺領を繼、大廣間に候
  • 285,743,75,2155す、後代々おなし、十一月朔日襲封を謝するのとき、父か遺物正宗の脇指
  • 763,746,66,1002し、御刀、脇指、をよひ時服をたまふ、
  • 1217,746,79,2148三十八、英譽杲悦善芳〓清院と號す、京師新黒谷乃金戒光明寺に葬る、後
  • 1686,747,76,2147内の供奉を勤む、九年九月三日廣島にをいそ卒す、年四十七、洞雲宗仙自
  • 868,741,77,2150して御使をたまふ、九年御上洛のとき上京し、はしめて台徳院殿に拜〓
  • 1574,745,74,2156得院と號す、廣島の國泰寺に葬る、十九日老中酒井讚岐守忠勝をもりて、
  • 519,743,76,2149號をたまひ、從五位下安藝守に叙任し、台徳院殿より正宗の御脇指、大猷
  • 1337,749,75,2145室は東照宮の御息女振姫君、元和三年八月晦日和歌山にをいて逝す、年
  • 1800,754,83,2136上洛のとき、したかひたそまつり、八月十九日侍從に任し、大獣院殿御參
  • 986,675,77,2216光晟元和三年和歌山に生お、時に台徳院殿洛に御座ありしかは、嘉儀と
  • 637,747,75,2147の御前にをいて元服し、御諱字をたまひ光晟となのり、また松平の御稱
  • 752,1895,63,999寛永四年八月二十六日大猷院殿
  • 171,746,71,2159玉堂乃茶入を獻す、是日家臣五人御前にいり、二日領知のうち五万石を、
  • 1474,748,57,572賻銀五百枚を賜ふ、
  • 791,1760,40,115時に
  • 746,1765,41,112七歳
  • 1943,743,44,131附録
  • 1922,2474,43,119五八二

類似アイテム