『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.625

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拜〓す, 家紋丸に違鷹羽、丸に三引, さしの條、心屋すか〓〓きのよし仰下さ〓、十年御上洛のとき、したかひ, 死す、年四十一、法名宗白、高田の寶祥寺に葬る、後代々葬地とす, 下野國宇都宮にいたる、時に眞田昌幸を攻たがはむとて、信濃路り御出, 馬あ〓といへとも、氏重は若年たるかゆへ、仰によりて江戸にかへる、關, 原乃役をはりて後、使者もて御起居を窺矛ことに、御書を賜ひ、天下平均, 妻は八橋大和守直弘か女、, たそま例ま、十九年大坂の役に、松平越中守定綱に屬し、元和元年の役に, これよりめさ役て御小性をほとめ、下總國香取郡乃うち, も定綱にしたかひ、氏重か手に敵首五級を得たり、寛永五年十一月五日, にをいて、釆地二千石を知行し、五年上杉景勝を御征伐のとき、供奉して, 氏重慶長三年井伊直政、大久保忠隣を先容として、はしめて台徳院殿に, 時そ十, 一歳, 附録, 六二六

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  • 時そ十
  • 一歳

  • 附録

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  • 六二六

注記 (17)

  • 1267,738,56,204拜〓す
  • 1615,742,62,856家紋丸に違鷹羽、丸に三引
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  • 320,732,65,1866死す、年四十一、法名宗白、高田の寶祥寺に葬る、後代々葬地とす
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  • 785,735,68,2142原乃役をはりて後、使者もて御起居を窺矛ことに、御書を賜ひ、天下平均
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