『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.628

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とれる、, 八年八月四日家を繼, 妻は酒井式部可廣か女、, 日さきに聖堂修造の事にあつかりしにより、黄金二枚を賜〓、八月三日, より本城に勤仕し、明和元年六月二十八日日光奉行となり、十一月十三, 日從五位下美作守に敍任す、七年十二月二十四日職を辭し、寄合とれる, 安永八年八月四日致仕し、九年六月十一日死す、年五十五、法名玄心、, する事をゆれさる、十一年三月二十一日西城新番の頭みすゝむ、二十七, 後妻は稻垣藤九郎昭庶か養女、又山中平吉鍾俊か女を娶る、, 渡乃役を例とむ、十一月二十八日御目付に轉し、十二月十八日布衣を着, にたまふにより、八月十五日仰をうけた)がはりず、彼地におもむき、城引, 氏象明和五年十二月朔日はしめそ浚明院殿にまみせたそまつり、安永, 妻は酒井小平次忠顯か女、, 天明元年五月七日御小性組の番士, 時に二十八歳、, 采地二千石, 附録, 六二九

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  • 時に二十八歳、
  • 采地二千石

  • 附録

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  • 六二九

注記 (18)

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