『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.560

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

見多に、半時を過さなに、帆影煙氣ともに不見と云々、, 魚も此脊の鰭な〓れは、横に倒れて游泳自在ならす、殊ニ都〓諸蠻國の船は、, に、艇り出し、使節船の周りをクル〳〵と三度廻りて、元の所に止り、其廻ルも, を奏し、暫有て火をさすニ、カラ〳〵と鳴る音して、大筒に煙吹出ルと見る程, 横幅廣くして、船底も自から平かなれは、船底ニ魚の脊鰭の如く大材を以て, 同しく樂を奏し、三廻りして止ル、而して再ひ火をさし、今度は乍チ沖ニ向て, 乘出しぬ、兼〓五十里鏡を渡し置、船脚の速疾ななを見給へと云しかは、是を, 及ひしり、其後新ニ工夫して、船底のマキリカワラの前後に是を附ルと云、マ, 附ルと之、我國新工夫にて、此マキリカワラの艫きて鞘ニ是にて大抵右樣の, 竪に波截を附、是をマキリカワラと云、魯西亞船ニ限らす、諸蠻國の船皆是を, 但し我日本の五時なり、其時刻ニ及ひ、蒸氣船續を解、使節船の前に來り、音樂, 水上の防きは避くへし、且いまた全は安心せすと云、扨出帆は四ツ時と定、, の早き事矢を射ルか如し、是暇乞の挨拶と見へしり、又次の軍艦の前ニ至り、, キリカワラとは、波を截る道具にして、魚の背の鰭も、彼はマキリカワラと云、, 八月十八日、念之爲大井三郎助を遣し、彌明十九日應接致すへし、臨時差支は, 交渉セシ, 一艘出帆, 奉行應接, ノコトヲ, 嘉永六年七月, 五六〇

頭注

  • 交渉セシ
  • 一艘出帆
  • 奉行應接
  • ノコトヲ

  • 嘉永六年七月

ノンブル

  • 五六〇

注記 (21)

  • 320,545,55,1576見多に、半時を過さなに、帆影煙氣ともに不見と云々、
  • 1604,549,61,2312魚も此脊の鰭な〓れは、横に倒れて游泳自在ならす、殊ニ都〓諸蠻國の船は、
  • 785,555,61,2286に、艇り出し、使節船の周りをクル〳〵と三度廻りて、元の所に止り、其廻ルも
  • 902,551,59,2295を奏し、暫有て火をさすニ、カラ〳〵と鳴る音して、大筒に煙吹出ルと見る程
  • 1487,550,60,2298横幅廣くして、船底も自から平かなれは、船底ニ魚の脊鰭の如く大材を以て
  • 553,544,58,2301同しく樂を奏し、三廻りして止ル、而して再ひ火をさし、今度は乍チ沖ニ向て
  • 436,548,58,2297乘出しぬ、兼〓五十里鏡を渡し置、船脚の速疾ななを見給へと云しかは、是を
  • 1840,557,60,2280及ひしり、其後新ニ工夫して、船底のマキリカワラの前後に是を附ルと云、マ
  • 1250,552,61,2284附ルと之、我國新工夫にて、此マキリカワラの艫きて鞘ニ是にて大抵右樣の
  • 1369,553,60,2291竪に波截を附、是をマキリカワラと云、魯西亞船ニ限らす、諸蠻國の船皆是を
  • 1017,549,61,2299但し我日本の五時なり、其時刻ニ及ひ、蒸氣船續を解、使節船の前に來り、音樂
  • 1134,550,61,2229水上の防きは避くへし、且いまた全は安心せすと云、扨出帆は四ツ時と定、
  • 668,552,59,2311の早き事矢を射ルか如し、是暇乞の挨拶と見へしり、又次の軍艦の前ニ至り、
  • 1724,558,57,2302キリカワラとは、波を截る道具にして、魚の背の鰭も、彼はマキリカワラと云、
  • 202,552,58,2288八月十八日、念之爲大井三郎助を遣し、彌明十九日應接致すへし、臨時差支は
  • 219,272,41,160交渉セシ
  • 1039,291,40,153一艘出帆
  • 306,270,43,170奉行應接
  • 271,275,28,156ノコトヲ
  • 1959,706,46,332嘉永六年七月
  • 1955,2438,44,120五六〇

類似アイテム