『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.842

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て、玉をは後の方より裝へき新法を考へ、其左右には、十匁彈の銃四挺、或は, に大炮をのを候事を功夫致し、御座船押送船三四五百石積の船等に、松材, 火藥發して、毒矢雲雨の如く敵船に打込候仕かけに致、其近くには、風波の, 者著述に、水戰秘訣陸戰秘訣と申二書有之、大略之所水戰策二條、其一き、大, 敵の大船を四五丁隔て、相圍て胴中を打候事、其一き、廢船を數艘連ねて、焚, 順逆に拘らす、別に大砲を仕かけ、其發烟にて、速に走り進み候策に御座候, 陸戰の策亦二條、其一き、行軍法戰車を作り、二寸徑の鐵彈を裝へき大炮の, 船より大炮を發し候に、三四丁離れ候小船には、ねらひの付不申所ゟ、小舟, にて巧妙の霊を作り、貫目以上の大炮をのをて、放發自由に相成候樣致し, 重〓七八十貫目にて、平射六丁仰射貳十丁餘に至るへきものを車上に載, 譏は免れさる事ゟ奉存候、芻狛の説とは存候へとも、芻蕘の言迄も御承知, く候、乍恐萬一小敗有之候はゝ、御大任に御當被遊候御方々樣、天下後世の, 六挺を備へ、戰車の外面には、鐵楯又篠楯を備へて、敵の大彈を防くの術を, 被爲在、數に備へ候ため、數ケ條之義左に相記し申候、尤先年佐藤元海と申, 草に毒と交へて之を積、又棒火矢炮碌火矢等をのをて、敵船近付に及んて、, ノ著書ノ, 佐藤信淵, コト, 嘉永六年七月, 八四二

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  • ノ著書ノ
  • 佐藤信淵
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  • 嘉永六年七月

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  • 八四二

注記 (20)

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