『大日本古文書』 幕末外国関係文書 15 安政3年9月~同4年4月 p.504

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はゝ、市中迄燒拂可申旨申遣候へ共、猶返答無之候, 一此時セイムル軍士を卒ひ上陸、奉行所へ相越し、奉行に面會いたし度旨申, も、人數を上陸致させ、右當港住居の自國の者共を保護致し申候、勿論亂妨, 戌候上にて免し候事にて候、左候ては、一旦拒み候儀を、押付られ候ては許, 申遣候へとも、猶返答無之候に付、軍艦二艘を以發砲いたし、廣東不殘燒拂、, 凡そ十四日計日々發砲いたし、此時廣東碇泊之佛郎察亞墨利加軍艦より, は猶豫いたし置候得共、彌不承引ニ候はゝ、無余義廣東を擧て燒拂可申旨, し候故、其都度々々自國之威を損し、外國にては被拒候事を押付候故、其都, 等致し不申候、右一件は、終に右唐國方より和を乞ひ落着可致と考候由、廣, 入候處、不在之由にて逢不申、セイムルは其儘歸帆いたし、書翰を贈り、是迄, 東在館英人之風説記に相見申候、誠に細事より起り、此度にて兩度迄兵〓, 唐國之處置第一〓しからぬは、終ニ免すへき事も一旦拒絶いたし、手詰に, を釀し候事、唐國處置之あしき故と、歐羅巴人誹笑致し候由に候、, 度々々國威を増候筋にて、我國威を減し候て、彼の國威を添へ候は、其利害, 此節におよび、唐國方よりは猶返答無之候に付、使者を送り、彌承引無之候, 佛米陸戰, 廣東砲撃, ラザルガ, 隊ノ上陸, 置宜シカ, ニ面會セ, 清國ノ處, 英國總督, 廣東奉行, 故ニ兵福, ヲ被ル, ズ, 安政四年二月, 五〇四

頭注

  • 佛米陸戰
  • 廣東砲撃
  • ラザルガ
  • 隊ノ上陸
  • 置宜シカ
  • ニ面會セ
  • 清國ノ處
  • 英國總督
  • 廣東奉行
  • 故ニ兵福
  • ヲ被ル

  • 安政四年二月

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  • 五〇四

注記 (29)

  • 1726,652,59,1495はゝ、市中迄燒拂可申旨申遣候へ共、猶返答無之候
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