『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.394

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我々の航海地圖は、準備され次第提出される。, した。彼と共にヨーロッパ列強の諸公使を訪問し、彼らと緊要の諸事項に關し取り極めを行, の夜半には穩やかで順風の北東風を受けることとなった。, を意圖し、またこの機會を利用して、日本帝國の主要な島々の間に閉じ込められている瀬戸, 蒸氣はクリッパー艦が下田港と伊豆岬の緯度のところで帆走のため停止された。翌日我々, 察することを望み、長崎を出港した。本書に添えてクリッパー艦オプリーチニク號艦長の詳, スケヴィッチ氏の管理下に置いた上で、十五日石炭積み込みのため神奈川に移動し、, った後、私は十四日長官旗をクリッパー艦ナエーズドニク號に移し、オプリーチニク號をゴ, は強い北風を受け、第一接檣帆を縛らなければならなかったが、長くは續かず、三月十九日, 内海、竝びに一八六三年一月一日よりヨーロッパ人に對し開かれる筈の兵庫・大坂兩港を觀, プリーチニク號竝びにナエーズドニク號による、この全く知られていない地域を經由しての, 十六日の夜明けとともに拔錨した。, 細な報告を提出する。それに關し私は幾つかの重要ではない注記を附加させてもらった。オ, 三月十一日、私は江戸に到著した。同地で二日前に著いていたゴスケヴィッチ氏と會合, (文久元年二月十三日), 事ト會合ス, 戸到著ゴ領, ナ號ニ移動, 第提出セン, 同十三日江, シ同港ヲ離, 海圖準備次, 帆走二切替, 戸へ出航ス, 文久元年二月, 三九四

割注

  • (文久元年二月十三日)

頭注

  • 事ト會合ス
  • 戸到著ゴ領
  • ナ號ニ移動
  • 第提出セン
  • 同十三日江
  • シ同港ヲ離
  • 海圖準備次
  • 帆走二切替
  • 戸へ出航ス

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 三九四

注記 (26)

  • 1166,609,52,1123我々の航海地圖は、準備され次第提出される。
  • 922,611,53,2266した。彼と共にヨーロッパ列強の諸公使を訪問し、彼らと緊要の諸事項に關し取り極めを行
  • 194,615,53,1396の夜半には穩やかで順風の北東風を受けることとなった。
  • 1771,610,53,2264を意圖し、またこの機會を利用して、日本帝國の主要な島々の間に閉じ込められている瀬戸
  • 437,660,54,2208蒸氣はクリッパー艦が下田港と伊豆岬の緯度のところで帆走のため停止された。翌日我々
  • 1528,609,53,2268察することを望み、長崎を出港した。本書に添えてクリッパー艦オプリーチニク號艦長の詳
  • 679,618,54,2217スケヴィッチ氏の管理下に置いた上で、十五日石炭積み込みのため神奈川に移動し、
  • 801,626,54,2242った後、私は十四日長官旗をクリッパー艦ナエーズドニク號に移し、オプリーチニク號をゴ
  • 315,608,54,2265は強い北風を受け、第一接檣帆を縛らなければならなかったが、長くは續かず、三月十九日
  • 1649,607,54,2268内海、竝びに一八六三年一月一日よりヨーロッパ人に對し開かれる筈の兵庫・大坂兩港を觀
  • 1287,611,52,2263プリーチニク號竝びにナエーズドニク號による、この全く知られていない地域を經由しての
  • 561,612,50,846十六日の夜明けとともに拔錨した。
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  • 1043,662,54,2216三月十一日、私は江戸に到著した。同地で二日前に著いていたゴスケヴィッチ氏と會合
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