『大日本近世史料』 細川家史料 6 細川忠興文書六 p.198

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く覺申候處、又左ノすねの中ほとをわきゟ取て引やう之覺申候、當座之事と存候へと、し, 中二付、其儘置中候、是は此前大方申進之候かと覺候、此比二成てから彌右の足きみわる, 無之と存候、其子細は、前かとのひへ候もかやうの煩出候はんとての儀と存候、何もおど, きり二此中きつく引やう二覺申候間、昨日十一日京都へ參、通仙をよひ寄、樣躰具ニ申、, 是はいつかたへも未申遣候、, させ、こしゟ下をつけ、又はすね計をつけ、十日餘も湯之る養性申候へ共、能も惡も覺不, てからの儀と存候へとも、其方ゟかやうの儀被尋候間申候、とかくそら煩のやうニ被心得, し申候へ共、我々心二はさほとユは不存候條、其元へは彌何共不申進候、今少樣躰を見候, 脉を見せ候へは、血虚之由被申候條、其方之藥をのみ申候、ちやくとはきゝ可申わけにて, 一、右ノ足之ゆひのね、大ゆひゟ小ゆひの所まてはゝ一寸ほとの分、物こしニ疊を踏樣二覺候, と、何かと其元二て違候樣二承及候間、右之分二候、され共只今念を入被申越候間申候, て、何共きみわるく候、是ははやとくゟの儀之候へ共、別ニ痛出不申候、有間之くみ湯を, 候衆も在之と承及候間、先々沙汰有間敷候、重る替儀候と可申進之候、恐々謹言, 右足ノ指ノ疾, 半井成信ハ血, 有馬ノ汲湯ヲ, 用ヒ治療ス, 左足ノ〓ニ引, キ攣レヲ覺ユ, 虚ト診斷ス, 患, 寛永十四年七月(一四八八), 一九八, 三齋

頭注

  • 右足ノ指ノ疾
  • 半井成信ハ血
  • 有馬ノ汲湯ヲ
  • 用ヒ治療ス
  • 左足ノ〓ニ引
  • キ攣レヲ覺ユ
  • 虚ト診斷ス

  • 寛永十四年七月(一四八八)

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  • 一九八
  • 三齋

注記 (24)

  • 1106,752,59,2167く覺申候處、又左ノすねの中ほとをわきゟ取て引やう之覺申候、當座之事と存候へと、し
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