『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.259

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延寶板東海道中記一卷, と・清水・三十三間堂・大佛・三條の大橋をしるす、次に誓願寺・和泉式部の寺・矢田, 師・東寺・戀塚・城南寺・伏見・宇治のことにおはる、按るに、この書年號の考へきな, なりといひ、御城のうしろのかたには紀伊・水戸・尾張御三人の屋敷ありといひ、品川, 序に、道中こゝろへの事をしるす、卷首に〓立の惡日およひこの曰におゐてやむへから, なし、岡崎村をうち過、黒谷の草の廬にたちいるとしるす、金戒光明寺の來由より吉, 寺・行願寺・百萬遍、それより東にむかひ荒神川原にさしかゝり、聖護院の森を右に見, 田・賀茂・今宮・平野・北野・仁和寺・北山を記し、内裏より二條・三條・四條をしる, し、五條を西のかた大宮にいてゝ南へゆく、この下に島原傾城町の事をしるす、水藥, けれと、江戸のことを記するに、靈巖島も江戸の地を離れて東の海中へつき出したる島, 東海寺の下、この寺の門は駿河大納言殿御屋敷の御成門を引てたてらるといひ、六郷の, 申の祠の下に、庚申の説、智恩院の下、源空上人のこと、八坂塔の下、淨藏貴所のこ, 橋のなかさ百二十間なりといひたるにて推に、大抵寛永の末より明暦已前まての間に撰, ひしことしるへし、, 一册刻, 袖珍本, 間ノ撰ナルベ, 寛永末ヨリ明, 暦以前マデノ, トヲ記ス, 道中心得ノコ, シ, 別紀第四(東海道), 二五九

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  • 一册刻
  • 袖珍本

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  • 間ノ撰ナルベ
  • 寛永末ヨリ明
  • 暦以前マデノ
  • トヲ記ス
  • 道中心得ノコ

  • 別紀第四(東海道)

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  • 二五九

注記 (24)

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