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又三田村國分寺の下にいふ、聖武天皇の國々にあまねく男方の國分寺、女方の國分寺と, し妙心寺の茶湯料と縁起にあり、當社花園の鎭守は妙心寺開基より時代遙以前なりとい, の精舍なり、尼方の國分寺の本尊は、日本あまねく藥師佛を安置すといふ、是説據あるに, へとも、花園同音の名に准て寄附しける事か不審といひ、又兼平松の下、今井四郎兼平, の町發記をしるす、神社佛閣はその縁起の略およひその祭る所の神體并に開基の小傳を, て二寺つゝ造立す、當寺は男方の國分寺なりといひ、山田郡坂下村國分寺の下にて尼方, 文義くだらすといへとも、大主公とは藤堂氏の事なりとみゆ、卷首自叙、當國の事を述, たれとも、文義さたかならぬところおほし、次に伊賀國初分の來由、次に和名抄に載す, る伊賀國の行程・租税、阿拜郡の郷名をあく、餘郡是におなし、次に上野城郭、附り城下, 正法山妙心寺は花園院の離宮を寺となす、依之、妙心寺を花園と號、當所花の園はむか, 載す、たとへは天滿宮には菅原道眞の事、法華宗の寺に日蓮の事を載することき、當國, におゐて相關らす、はなはた體裁を得すといふへし、長田庄花園宮の下に、山城國木辻村, 江州粟津合戰を退去、當國に落來てこの松陰に暫徘徊、原より法華の里に遁れて、末終, に其地にして住終けるとなんいへり、不審の事なりといふへき疑を闕、妄説をくはへす、, やしらす、又三田村安國寺を男方とし、坂下村安國寺を尼方とする、これは本尊の考も, ノ地誌ニ關ル, セル伊賀地方, ノ命二ヨリ草, 大主公藤堂氏, 花園宮ノ事, 隨筆, 三田村國分寺, 兼平ノ松ノ事, ノ事, 編脩地誌備用典籍解題卷之七, 二八八
頭注
- ノ地誌ニ關ル
- セル伊賀地方
- ノ命二ヨリ草
- 大主公藤堂氏
- 花園宮ノ事
- 隨筆
- 三田村國分寺
- 兼平ノ松ノ事
- ノ事
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之七
ノンブル
- 二八八
注記 (26)
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