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神社大寶二年所祭と甚相違す、次と江と字形似たるより誤たるといふもその意得かたし、, 江戸塵拾五卷, 國にかきるへからす、疑を闕て可なり、卷末、茅屋向陽故名亭、寛延四年辛未二月と記す、, 郡を二十四郡に誤れりといふ説も信しかたし、中古より郡名の多少は諸國に夥して、當, 所祭三座、中將門束帶の像、左妙見菩薩、右將門の玉首といふ、風土記にいはゆる江戸, の什物北條家分限帳の内、江戸廻りと稱する分の村々を抄録す、又江戸川の流、古の筋, て是を棄他の考へきなし、多賀三太夫常政か奧書にも此書考據とすへきことをしるす、, 次に追考を附す、明和二年乙酉忠昌か小引あり、茶話に洩たる事を雜記す、箱根早雲寺, 明也、王子村の邊いにしへの鎌倉海道といひ傳し所ありといふ、その説頗る詳なり、二, 物語にして、考據とすへきもの多く、そのあやまるもの十か一に過す、江戸の故實に於, 十四郡今二十二郡に過さる事を論したれとも、兎角に此事詳かならす、今案るに二十餘, 江戸といふ地名むかしより顯著なる事なれは何しに書誤へきや、おのつから別社なる事, 豐島・品川・牛込諸氏の略傳を載す、案するに、是書雜記に屬すといへとも大〓古老の, 今とは相違せる事を記す、又江戸近邊の在名を稱する武士、吉良, 後當國世田谷に居住す, 吉良三州より出たれとも、, 一册, 寫本, 據ル所多シ, 明和二年忠昌, 古老ノ物語ニ, 〓寛延四年奧書, 多賀常政奧書, 小引, 編脩地誌備用典籍解題卷之十一, 一三二
割注
- 後當國世田谷に居住す
- 吉良三州より出たれとも、
- 一册
- 寫本
頭注
- 據ル所多シ
- 明和二年忠昌
- 古老ノ物語ニ
- 〓寛延四年奧書
- 多賀常政奧書
- 小引
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之十一
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- 一三二
注記 (26)
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