『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.291

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より船路なれは記し誤りしにや、, 遠江乃記一卷, 所にわたせし橋なりしといふ、又橋本は濱名のはしもとにて、むかしは海道の中にても, す、大舟津より舟路を行、かとりの社にまうするといへる、大舟津まては常陸にして、, のはしへ此驛よりつゝきたる松原のありて、水うみしほ海を隔てたり、その湖の落入る, 事とは鹿島にまうつるをいふなるへし、不忘山をはるかに詠めやると記したるより、十, 釋幻阿撰、幻阿號蝶夢、京都人、卷首濱名橋古圖三代實録を引、圖は天明六年丙午三熊, 思孝跋、竹村方壺、幻阿一とせ富士山を見んとて遠江國まて下りけるに、入江野の江の, 七曰なこその關まては陸奥國なり、十九日鹿島につき、二十日神社にまうする事をしる, かとりよりは下總國なり、下モ木おろしといふ所に、爰ははや下總也とあるは、大舟津, の浦々を探るときこの記をつくれり、舞坂のうま屋はもと舞澤か原なり、いにしへ濱名, を行、いはけなきもの、あしよわきかきりはみな白川の關をこえていにけりと、おもふ, ほとり方壺か許に宿し、方壺とゝもにこの江に舟さし、濱名のはしの古きわたり、遠江, する所を記し、そのよめる和歌數首を載、この記に、こたひはおもふ事ありてことかた, 刻本, 一册, 幻阿撰, 思孝跋, 濱名ノ橋, 天明六年三熊, 遠江ノ浦々, ヲ記ス, 途次經歴ノ所, 遊紀第三, 二九一

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  • 刻本
  • 一册

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  • 幻阿撰
  • 思孝跋
  • 濱名ノ橋
  • 天明六年三熊
  • 遠江ノ浦々
  • ヲ記ス
  • 途次經歴ノ所

  • 遊紀第三

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  • 二九一

注記 (25)

  • 1248,722,54,820より船路なれは記し誤りしにや、
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