『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.396

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

足利學校舊記一卷, 世となれる、それより僧侶住持相續せり、聖像は中華傳來なり、然れとも何世彫刻、何, 年何人の傳來といふ事をしらす、地を東魯と云、川を洙川といふ、聖廟を學校といふ、, 蒙勅命學校創草すとあり、天長中より篁の子孫相續するといふなり、子孫斷絶の後、僧, なり、舊跡は五丁程東に在、國分野といふ、慶長中、聖廟・文庫・學舍御建立被成下, 候、今は菜圃の地となる、圃中に小塚多し、農人崩し平地となす、古瓦色々の模樣あ, は長尾家政所の由申傳なり、去ルにより四方高土手あり、廣二萬坪餘有、慶長年中拜領, 卷尾に、右數百卷之書暦數十百年而存于今者眞天幸哉、其餘近世所藏若干卷不暇枚擧、, の快元先生出、儒釋同一の學あるを以て學徒を匡し、一に儒者の教の如し、痒序の第一, り、布日或は三升形・菊花形・巴瓦時々出る事あるなり、天長九年八月五日參議小野篁, 杏壇と號し大成殿と稱す、春秋二仲・夏至・冬至・正朔、釋菜を設るといふ事をしるし、, 此記の體俗文にして書上に類せしものなり、開卷に境内乃事を擧けて、當時住居の屋敷, 略記其〓以示好古之人而□としるせり、, 次に諸家より寄附寄納の書籍祭器、およひ上より學校の造營修復等の費用に寄賜はりた, 寫本, 一册, 記ノ體俗文ニ, シテ書上ニ類, 學校敷地ノ考, 證, ス, 編脩地誌備用典籍解題卷之十五, 三九六

割注

  • 寫本
  • 一册

頭注

  • 記ノ體俗文ニ
  • シテ書上ニ類
  • 學校敷地ノ考

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之十五

ノンブル

  • 三九六

注記 (23)

  • 1468,715,75,627足利學校舊記一卷
  • 499,770,58,2246世となれる、それより僧侶住持相續せり、聖像は中華傳來なり、然れとも何世彫刻、何
  • 383,773,59,2209年何人の傳來といふ事をしらす、地を東魯と云、川を洙川といふ、聖廟を學校といふ、
  • 729,769,58,2246蒙勅命學校創草すとあり、天長中より篁の子孫相續するといふなり、子孫斷絶の後、僧
  • 1074,774,58,2235なり、舊跡は五丁程東に在、國分野といふ、慶長中、聖廟・文庫・學舍御建立被成下
  • 959,771,59,2242候、今は菜圃の地となる、圃中に小塚多し、農人崩し平地となす、古瓦色々の模樣あ
  • 1190,777,58,2238は長尾家政所の由申傳なり、去ルにより四方高土手あり、廣二萬坪餘有、慶長年中拜領
  • 1771,770,59,2202卷尾に、右數百卷之書暦數十百年而存于今者眞天幸哉、其餘近世所藏若干卷不暇枚擧、
  • 614,777,59,2219の快元先生出、儒釋同一の學あるを以て學徒を匡し、一に儒者の教の如し、痒序の第一
  • 844,776,59,2239り、布日或は三升形・菊花形・巴瓦時々出る事あるなり、天長九年八月五日參議小野篁
  • 266,770,61,2264杏壇と號し大成殿と稱す、春秋二仲・夏至・冬至・正朔、釋菜を設るといふ事をしるし、
  • 1303,768,59,2250此記の體俗文にして書上に類せしものなり、開卷に境内乃事を擧けて、當時住居の屋敷
  • 1659,774,54,995略記其〓以示好古之人而□としるせり、
  • 153,780,59,2232次に諸家より寄附寄納の書籍祭器、およひ上より學校の造營修復等の費用に寄賜はりた
  • 1462,1387,44,81寫本
  • 1507,1398,42,71一册
  • 1320,390,39,247記ノ體俗文ニ
  • 1274,398,40,248シテ書上ニ類
  • 1185,386,40,260學校敷地ノ考
  • 1141,388,39,38
  • 1233,388,36,33
  • 1909,915,44,652編脩地誌備用典籍解題卷之十五
  • 1909,2488,40,120三九六

類似アイテム