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足の賃錢付、本陣問屋の名をしるす、按るに、是年四月, して、地理においてもとより取るにたらさるものなり、, 名、曰光山中地名、諸堂社の大略、江戸日本橋より三道の宿付、里數、本馬・輕尻・人, 橋道は野州今市にして合す、卷末、曰光奉行名氏、曰光山坊舍・諸役僧・諸大名宿坊の, り、暇の日友人宇野某と共に此小册を携へ、三道を往來し、もれたるを拾ひ、足らさる, 道・千住道・板橋道、その岩淵・千住の兩道は野州小山宿にして合して一路となる、板, に終る、宿々において東西南のしるしを掲け、その標幟を卷首にあけたり、三道は岩淵, し、それより漢文もて來由事跡を書のせたり、所謂十境は玲瓏岩・水分石・飛雪亭・玉, 東冲撰、東冲何人なるをしらす、安永五年丙申の自序に、嚮に曰光行程記と稱する書あ, 几峰・鉢孟峯・龍雪洞・十梅林・海岸閣・竹林塔・千丈岩なり、五橋は瑞雲橋・獨水, を補ふと、卷首に曰光名物三十四種をあく、圖江戸日本橋より曰光御宮・上州足尾道, を細註せり、すへて此書來由事跡を記せりといへとも、勸化を求るかため記せるものに, 日光道中行程記安見繪圖一帖カ, 橋・瓜〓橋・泥〓橋・バイセン橋をいふなり、卷尾に瓜〓、桃林、佛滿天神社等の來由, 安永五年自序, 據リ實地ヲ往, 勸化ヲ求メル, タメノ書, 來シ補訂ヲ加, 日光行程記ニ, 東冲撰, 別紀第十二(下野), 四一七
頭注
- 安永五年自序
- 據リ實地ヲ往
- 勸化ヲ求メル
- タメノ書
- 來シ補訂ヲ加
- 日光行程記ニ
- 東冲撰
柱
- 別紀第十二(下野)
ノンブル
- 四一七
注記 (23)
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