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日光山名跡志一卷, の記等を抄録するもの、然してその間の圖を標するのみ、卷首、江戸より曰光え行道, をしるす、附録、香取・息栖・鹿島・筑波・曰光行程ならひに圖をのせたり、, 番・御掃除頭・御馬預り・社家・樂人・鐘樓・役僧, 記、次に曰光の事をしるす、次に曰光より上州くらかの迄之道を記、次に足利學校の事, 十三年自序あり、開卷、日光山入口町筋より記しはしめ、往々名所舊跡をしるして、末, 東照宮御醫師等の名及役屋敷より東西坊街の名なとしるすものあり、是全く寫者安藤下, 貝原篤信撰、正徳四年甲午京師書價柳枝軒跋あり、この書もと東路の記より曰光え行道, 鷹橋義武撰、義武治郎左衞門と稱す、曰光御幸町の人なり、此本其地に刻する處、享保, 英の加書するものにして、元本載せさるものならん、此書その事實の眞僞にいたつては, いまたその當否を辨せすといへとも、曰光山の事蹟を説くもの頗る簡便、また按内の, 助とするに足れり、, 曰光名勝記一卷, 刻本, 刻本, 册, 一册, 一册, 正徳四年柳枝, 鷹橋義武撰, 曰光ニ刻ス, 東路ノ記ヨリ, 曰光へ行道ノ, 享保十三年自, 貝原篤信撰, 記等ヲ抄録ス, 寫者安藤正英, ノ加書, 軒跋, 序, 別紀第十二(下野), 四〇九
割注
- 刻本
- 册
- 一册
頭注
- 正徳四年柳枝
- 鷹橋義武撰
- 曰光ニ刻ス
- 東路ノ記ヨリ
- 曰光へ行道ノ
- 享保十三年自
- 貝原篤信撰
- 記等ヲ抄録ス
- 寫者安藤正英
- ノ加書
- 軒跋
- 序
柱
- 別紀第十二(下野)
ノンブル
- 四〇九
注記 (32)
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