『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 4 p.335

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松山城は温泉郡にあり、此圖松平淡路守居城せし時、延寶四年辰二月九日夜暴風雨のた, に願書の文をのせ、延寶四年辰三月七曰とあり、, めに城中石垣等破壞せし所を、圖面に朱線もて指示し、修理を願ひし時の圖なり、圖傍, 松山城圖一鋪何, 垣等破壞セシ, 雨ノ爲城中石, 所ヲ朱線ニテ, 延寶四年暴風, 指示シ修理ヲ, 願ヒシ時ノ圖, 別紀第十七(伊豫), 三三五

頭注

  • 垣等破壞セシ
  • 雨ノ爲城中石
  • 所ヲ朱線ニテ
  • 延寶四年暴風
  • 指示シ修理ヲ
  • 願ヒシ時ノ圖

  • 別紀第十七(伊豫)

ノンブル

  • 三三五

注記 (12)

  • 1663,702,74,2252松山城は温泉郡にあり、此圖松平淡路守居城せし時、延寶四年辰二月九日夜暴風雨のた
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