『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.106

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橘三喜紀行の全文を擧たり、, 村數をしるし、末に、寶暦六丙子年十月松平又三郎と書せり、, 按るに、是書書法紛亂、作者の意間解しかたき所あり、是或はその草本に出るものか、, 源元珍撰、元珍蓋本國人、神代卷にいふ、高千穗峯と諸縣郡霧島嶽と古往より誤混し、, 東海、西肥後・薩摩・大隅、北豐後の堺を限り、諸島にいたる、郡堺黒線、道路・舟路, 日向襲の襲今大隅國贈於郡といふ俗説等を辨斥し、自らの考をあらはす、延寶三年乙卯, 九月肥後國内北方八代より宇土東方高森村を出て、五日日向高千穗十社大明神え詣て、, 朱線を用ゆ、圖傍に、日向國高都合并郡色分目録と題し、五郡郡高村數およひ一國總高, 六日二上山え上り、十日延岡の城に止り、十三日津野村大明神え詣て、十五日兒湯郡都, 萬神社に詣て、十八日鵜戸の窟え詣て、廿曰上北村天岩戸え參、廿二日霧島社にまうて、, 日向國繪圖一鋪信, 廿四曰逆鉾を見、廿五日からくり嶽にのほり、廿七日大隅の宮に留りぬといふまては、, 日州延岡繪圖一鋪寫, 喜ノ紀行全文, 延寶三年橘一一, 寶暦六年松平, 又三郎ト書ス, ヲ擧グ, 源元珍撰, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十二, ○六

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  • 喜ノ紀行全文
  • 延寶三年橘一一
  • 寶暦六年松平
  • 又三郎ト書ス
  • ヲ擧グ
  • 源元珍撰

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十二

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  • ○六

注記 (21)

  • 1093,713,58,711橘三喜紀行の全文を擧たり、
  • 395,717,60,1582村數をしるし、末に、寶暦六丙子年十月松平又三郎と書せり、
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