Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
島原・天草一揆之事, 延寶長崎記一卷, 七年庚辰、天川より曰本え爲御訴訟小舟差越候時之覺書、次に正保四年丁亥、南蠻ほる, 一條の下、附録數條をのするものあり、今煩しきにより略しぬ、, 濱田新藏高砂え渡り歸る事より、肥前ならひに從島原長崎番船之事におはる、十二條、, 此書は延寶四年のころ長崎の事を書記せしものにて、その體裁ひたすら覺書の類に出た, 之事をしるす、次に慶長九辰年より延寶四辰年にいたるまて長崎奉行之名、次に寛永十, とかるより使者船二艘六月廿四曰いわうまて著岸、同廿六日長崎え入津せし覺書をのす、, 第七卷, 姉聟なる事、又浦上・長崎村町なとも大村利仙知行にてありし事、また黒船長崎え入津, の書出せし所の長崎はしめて開けし事、亦長崎甚左衞門といへるものは大村前々丹後守, れは、はなはた錯雜せり、卷始、長崎奉行馬場三郎左衞門時、新町白石與左衞門なるも, 市法初リ之事より、筑後町阿蘭陀・いきりす種子の人數之事におはる、六條, 第六卷, 寫本, 册, 延寶四年頃ノ, 長崎ノ事ヲ書, 記ス, 別紀第十八(肥前), 六七
割注
- 寫本
- 册
頭注
- 延寶四年頃ノ
- 長崎ノ事ヲ書
- 記ス
柱
- 別紀第十八(肥前)
ノンブル
- 六七
注記 (21)
- 1680,720,57,510島原・天草一揆之事
- 1143,658,73,556延寶長崎記一卷
- 401,712,59,2244七年庚辰、天川より曰本え爲御訴訟小舟差越候時之覺書、次に正保四年丁亥、南蠻ほる
- 1330,735,56,1614一條の下、附録數條をのするものあり、今煩しきにより略しぬ、
- 1444,713,59,2211濱田新藏高砂え渡り歸る事より、肥前ならひに從島原長崎番船之事におはる、十二條、
- 979,708,57,2248此書は延寶四年のころ長崎の事を書記せしものにて、その體裁ひたすら覺書の類に出た
- 510,709,61,2244之事をしるす、次に慶長九辰年より延寶四辰年にいたるまて長崎奉行之名、次に寛永十
- 285,714,59,2261とかるより使者船二艘六月廿四曰いわうまて著岸、同廿六日長崎え入津せし覺書をのす、
- 1558,889,53,170第七卷
- 629,713,59,2248姉聟なる事、又浦上・長崎村町なとも大村利仙知行にてありし事、また黒船長崎え入津
- 746,714,58,2249の書出せし所の長崎はしめて開けし事、亦長崎甚左衞門といへるものは大村前々丹後守
- 861,714,58,2248れは、はなはた錯雜せり、卷始、長崎奉行馬場三郎左衞門時、新町白石與左衞門なるも
- 1912,720,59,1956市法初リ之事より、筑後町阿蘭陀・いきりす種子の人數之事におはる、六條
- 1798,891,55,168第六卷
- 1135,1254,44,81寫本
- 1182,1278,40,58册
- 1005,324,39,253延寶四年頃ノ
- 958,326,41,255長崎ノ事ヲ書
- 917,325,35,76記ス
- 161,832,42,404別紀第十八(肥前)
- 164,2474,40,76六七







