『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.417

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けたり、, る身分高き婦人のキリスト教徒の家の者にして他の二人は其の召使なりと裝はざりしな, し榮冠の場より僅か三マイルの道程、僅か數時間の場處に在りし爲め、來りて其の欣然, たるを見て、大いに驚嘆せしが、長崎に歸りて後は之を賞讚して己まず、長崎の全住民, 重なる監視下に在りしを以て、若し三人の内一人が大村にて名有り且つ尊敬せらるゝ或, 人の一人の近附くを見て、先に述べたる書翰の小束を地上に落せしが、件の人物は直ち, らば、恐らくは此の見舞も何の效をも奏せざりしならん、而して其の内一人はパードレ, にも拘らず、師父の縛に就きたる幸運の時には、不幸にして師父の或る所用を帶びて遠, が功績は猶ほ一段と増加すべし、と、其の間パードレ・スピーノラは大村藩廳に在る知, 其の日拂曉に長崎より三人の者我等の會の囚人九人を訪ね來れり、されど彼等九人は嚴, スピーノラの傳道士にして常に其の親愛なる師の許より毫も離るゝ事無かりし人なる, 隔の地に在りし人なり、偖て是等の三人は、かの祝福されたる人々が、豫て希求せられ, に機轉に依りて其の意を悟り、巧みに之を地面より拾ひて、後刻忠實に宛名の人々に屆, 扱はるゝ理由なり、而して他に善き事の無かりせば、我が苦患を増大する事によりて我, リ書翰ヲ受, 領シ之ヲ配, 耶蘇會士九, 上ニ泊レル, 土等巧ニ浦, 大村藩士某, すびのらヨ, 長崎ノ傳道, 送ス, 人ニ面會ス, 元和八年八月五日, 四一七

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  • リ書翰ヲ受
  • 領シ之ヲ配
  • 耶蘇會士九
  • 上ニ泊レル
  • 土等巧ニ浦
  • 大村藩士某
  • すびのらヨ
  • 長崎ノ傳道
  • 送ス
  • 人ニ面會ス

  • 元和八年八月五日

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  • 四一七

注記 (26)

  • 1345,677,50,186けたり、
  • 977,675,65,2228る身分高き婦人のキリスト教徒の家の者にして他の二人は其の召使なりと裝はざりしな
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