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東日記一卷信濃國領分内名所舊蹟一卷, ころ〳〵にて詠せる和歌及詩若干首を載たり、, 書たるにや、その藩主に奉るところとせは、尾張殿とは書へからす、, 感るにあまりあり、仁義を基とせる物から、所々忠孝の人の行状をしるし、政の善惡を, 澤にいたる凡十九所をあく、そのあるところ古來傳説あら〳〵としるせり、案するに、, 書中、御右御左、或は御道脇としるせるを見るに、尾州家より巡見使に呈するところの, もをかね備へて危を犯し、嶮をしのき、年月を重ね、實をもて録する所なり、其勇其志, の任過て去年まかりしころになり侍れは、〓もよひして故郷にかへらむとて、東の都に, 東曰記は姓氏をあらはさす、申九月清利と書するのみ、卷首に、末の秋東に下り、一年, いてゝ品川にかゝるといふより、攝津國にいたりつくまて、東海道の名所古蹟、そのと, 信濃國領分内名所舊跡は、卷末に尾張殿大代官眞鍋茂太夫と書せり、木曾御坂より矢立, 南谿子撰、伴高蹊序に、此西東遊記は橘君子のあらはす所にして、其質かのかたき事と, 西遊記五卷, 寫本, 一册, 刻本, 五册, 姓氏ヲアラハ, 任ヲ終ヘテ東, 太夫ト書ス, 名所舊跡, ヨリ攝津ニ歸, 東日記, 橘南谿撰, ル迄東海道名, 見使ニ呈スル, 書カ, 伴〓蹊序, 信濃國領分内, 尾州家ヨリ巡, 所古蹟ヲ記ス, 卷末ニ眞鍋茂, サズ, 遊紀第四, 三六一
割注
- 寫本
- 一册
- 刻本
- 五册
頭注
- 姓氏ヲアラハ
- 任ヲ終ヘテ東
- 太夫ト書ス
- 名所舊跡
- ヨリ攝津ニ歸
- 東日記
- 橘南谿撰
- ル迄東海道名
- 見使ニ呈スル
- 書カ
- 伴〓蹊序
- 信濃國領分内
- 尾州家ヨリ巡
- 所古蹟ヲ記ス
- 卷末ニ眞鍋茂
- サズ
柱
- 遊紀第四
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- 三六一
注記 (35)
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