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三大日本史の完成, と誌した。又安藤爲章の「年山紀聞」に、, 御決斷なりけらし。館の諸儒たちさまざま議論ありて、御顏ばせを犯したる, せ、三種神器の吉野よりかへりたるまでを南朝を正統とし玉ふなん、西山公の, この館にして、神武天皇より後小松帝までの本紀ならびに公武諸臣の列傳を, 「大日本史」の本紀・列傳全部は、正徳五年十二月六日、三代綱條, 史漢の體に撰ばせたまふ。其中に神功皇后を后妃傳に、大友皇子を帝紀に載, 一生涯を殆んど「大日本史」の編纂に捧げた觀があつた。, 本紀成り、七十二歳の時に后妃・皇子・皇女の三傳成り、其の翌年に薨じたので、其の, 輩も有しかども、これ計は某に許してよ、當時後世われを罪する事をしるとい, へども、大義のかゝるところいかんともしがたしとて、他の議論を用ひたまは, とあるに據つても、光圀の態度を知るに足るべく、元祿十年齡七十歳の時に百王, ず。, の代に至つて〓, 公, 肅, 公肅, 大日本史, 稿, の紀傳〓, 第一編尊王論の發達, 一二四
割注
- 公
- 肅
- 公肅
頭注
- 大日本史
- 稿
- の紀傳〓
柱
- 第一編尊王論の發達
ノンブル
- 一二四
注記 (22)
- 370,987,58,584三大日本史の完成
- 1719,581,59,1072と誌した。又安藤爲章の「年山紀聞」に、
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- 248,634,61,1684「大日本史」の本紀・列傳全部は、正徳五年十二月六日、三代綱條
- 1495,650,62,2208史漢の體に撰ばせたまふ。其中に神功皇后を后妃傳に、大友皇子を帝紀に載
- 594,595,58,1536一生涯を殆んど「大日本史」の編纂に捧げた觀があつた。
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- 1051,659,60,2195へども、大義のかゝるところいかんともしがたしとて、他の議論を用ひたまは
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