Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
さ聞えたる事なく、世にも普は廣まらざりけむ、, 名を載たりけむ、さらずともいまだ草案にて、全部此公のあづかり給ひた, 燒亡たりけむ、, にて、うけばりて奏進に及ばずして亡たるが故なるべし、かの新儀式に見, 同御世此公總裁になされ給へりし後の事にて、朱雀天皇の紀には、此公の, れば、然も云べきなり、かくて此國史右に云へるごとく、草案の在りしのみ, さらでも其さわぎに紛失などしたりけむを、, 上首たるが故に、姓名を載られたりしなるべし、また或清愼公撰とあるは、, えたる撰國史所の一條をおきては公ざまにて用ひ給ひたりし事、をさを, 大江朝綱撰と一人の名を擧たるは、村上天皇の御世、此ぬしの別當の時, 廢たるものなるべし、, 成たる四十卷の草本に、時の, 其後更にもておこして、撰國史所を置るゝ事もなくて、おのづから其業の, さてまた書籍目録に、新國史を, 天徳元年十二月二十八日, 繼々の御世のさまを, 推考へて察るべし、, 御記に、凡當年所讀本朝書, の修撰の, 別當になされ、天徳元年十二月二十八日卒去, 續日本紀, 抄によるに、天暦八年六月二十九日、撰國史所, 正中元年の花園院天皇の, る延暦十六年の表文にみえたり、事なき御世すら然る事のありしなり, ○中, 并記録とて、六國史の次に、本朝世紀、令、律、古事記、古語拾遺、次に記録ども, 時、日本紀所にて、舊案中、寳字元年紀全亡て存らざりし事、日本後紀に載た, 序て載給ひつれと、新國史をばのせたまはず、又桃華蘂葉〓面〓静、, 略, 宣, 符, 文徳實録、三代實録を載て、共に卷數紀年の自盡、撰者の名を注し、次に新國, 史を擧て、宇多天皇已來之事也とのみ記して、卷數撰者を注されざるは、本, 當ノ時成, 四十卷本, ノ廢止, ハ朝綱別, 撰國史所, ル, 天徳元年十二月二十八日, 四〇八
割注
- 繼々の御世のさまを
- 推考へて察るべし、
- 御記に、凡當年所讀本朝書
- の修撰の
- 別當になされ、天徳元年十二月二十八日卒去
- 續日本紀
- 抄によるに、天暦八年六月二十九日、撰國史所
- 正中元年の花園院天皇の
- る延暦十六年の表文にみえたり、事なき御世すら然る事のありしなり
- ○中
- 并記録とて、六國史の次に、本朝世紀、令、律、古事記、古語拾遺、次に記録ども
- 時、日本紀所にて、舊案中、寳字元年紀全亡て存らざりし事、日本後紀に載た
- 序て載給ひつれと、新國史をばのせたまはず、又桃華蘂葉〓面〓静、
- 略
- 宣
- 符
- 文徳實録、三代實録を載て、共に卷數紀年の自盡、撰者の名を注し、次に新國
- 史を擧て、宇多天皇已來之事也とのみ記して、卷數撰者を注されざるは、本
頭注
- 當ノ時成
- 四十卷本
- ノ廢止
- ハ朝綱別
- 撰國史所
- ル
柱
- 天徳元年十二月二十八日
ノンブル
- 四〇八
注記 (41)
- 444,639,59,1424さ聞えたる事なく、世にも普は廣まらざりけむ、
- 895,632,63,2210名を載たりけむ、さらずともいまだ草案にて、全部此公のあづかり給ひた
- 1837,634,57,425燒亡たりけむ、
- 665,640,65,2204にて、うけばりて奏進に及ばずして亡たるが故なるべし、かの新儀式に見
- 1011,638,64,2202同御世此公總裁になされ給へりし後の事にて、朱雀天皇の紀には、此公の
- 777,639,63,2198れば、然も云べきなり、かくて此國史右に云へるごとく、草案の在りしのみ
- 1839,1213,56,1361さらでも其さわぎに紛失などしたりけむを、
- 1131,636,62,2224上首たるが故に、姓名を載られたりしなるべし、また或清愼公撰とあるは、
- 553,636,63,2213えたる撰國史所の一條をおきては公ざまにて用ひ給ひたりし事、をさを
- 1365,640,61,2126大江朝綱撰と一人の名を擧たるは、村上天皇の御世、此ぬしの別當の時
- 1484,635,58,641廢たるものなるべし、
- 1249,2005,60,832成たる四十卷の草本に、時の
- 1602,635,59,2210其後更にもておこして、撰國史所を置るゝ事もなくて、おのづから其業の
- 1484,1933,60,914さてまた書籍目録に、新國史を
- 1951,716,45,468天徳元年十二月二十八日
- 1516,1292,42,607繼々の御世のさまを
- 1468,1294,47,557推考へて察るべし、
- 430,2081,45,758御記に、凡當年所讀本朝書
- 1823,2595,44,243の修撰の
- 1232,637,46,1338別當になされ、天徳元年十二月二十八日卒去
- 1868,2585,43,256續日本紀
- 1278,636,45,1341抄によるに、天暦八年六月二十九日、撰國史所
- 476,2080,43,750正中元年の花園院天皇の
- 1705,646,42,2121る延暦十六年の表文にみえたり、事なき御世すら然る事のありしなり
- 1866,1070,43,111○中
- 353,639,48,2182并記録とて、六國史の次に、本朝世紀、令、律、古事記、古語拾遺、次に記録ども
- 1749,640,45,2209時、日本紀所にて、舊案中、寳字元年紀全亡て存らざりし事、日本後紀に載た
- 297,639,51,2179序て載給ひつれと、新國史をばのせたまはず、又桃華蘂葉〓面〓静、
- 1822,1073,41,37略
- 1358,2800,39,41宣
- 1401,2800,41,43符
- 218,619,50,2219文徳實録、三代實録を載て、共に卷數紀年の自盡、撰者の名を注し、次に新國
- 174,629,46,2204史を擧て、宇多天皇已來之事也とのみ記して、卷數撰者を注されざるは、本
- 1210,277,39,169當ノ時成
- 1300,281,41,164四十卷本
- 1590,282,39,122ノ廢止
- 1254,287,44,159ハ朝綱別
- 1632,279,43,167撰國史所
- 1169,281,35,28ル
- 1951,716,45,468天徳元年十二月二十八日
- 1954,2441,42,122四〇八







