『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.408

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さ聞えたる事なく、世にも普は廣まらざりけむ、, 名を載たりけむ、さらずともいまだ草案にて、全部此公のあづかり給ひた, 燒亡たりけむ、, にて、うけばりて奏進に及ばずして亡たるが故なるべし、かの新儀式に見, 同御世此公總裁になされ給へりし後の事にて、朱雀天皇の紀には、此公の, れば、然も云べきなり、かくて此國史右に云へるごとく、草案の在りしのみ, さらでも其さわぎに紛失などしたりけむを、, 上首たるが故に、姓名を載られたりしなるべし、また或清愼公撰とあるは、, えたる撰國史所の一條をおきては公ざまにて用ひ給ひたりし事、をさを, 大江朝綱撰と一人の名を擧たるは、村上天皇の御世、此ぬしの別當の時, 廢たるものなるべし、, 成たる四十卷の草本に、時の, 其後更にもておこして、撰國史所を置るゝ事もなくて、おのづから其業の, さてまた書籍目録に、新國史を, 天徳元年十二月二十八日, 繼々の御世のさまを, 推考へて察るべし、, 御記に、凡當年所讀本朝書, の修撰の, 別當になされ、天徳元年十二月二十八日卒去, 續日本紀, 抄によるに、天暦八年六月二十九日、撰國史所, 正中元年の花園院天皇の, る延暦十六年の表文にみえたり、事なき御世すら然る事のありしなり, ○中, 并記録とて、六國史の次に、本朝世紀、令、律、古事記、古語拾遺、次に記録ども, 時、日本紀所にて、舊案中、寳字元年紀全亡て存らざりし事、日本後紀に載た, 序て載給ひつれと、新國史をばのせたまはず、又桃華蘂葉〓面〓静、, 略, 宣, 符, 文徳實録、三代實録を載て、共に卷數紀年の自盡、撰者の名を注し、次に新國, 史を擧て、宇多天皇已來之事也とのみ記して、卷數撰者を注されざるは、本, 當ノ時成, 四十卷本, ノ廢止, ハ朝綱別, 撰國史所, ル, 天徳元年十二月二十八日, 四〇八

割注

  • 繼々の御世のさまを
  • 推考へて察るべし、
  • 御記に、凡當年所讀本朝書
  • の修撰の
  • 別當になされ、天徳元年十二月二十八日卒去
  • 續日本紀
  • 抄によるに、天暦八年六月二十九日、撰國史所
  • 正中元年の花園院天皇の
  • る延暦十六年の表文にみえたり、事なき御世すら然る事のありしなり
  • ○中
  • 并記録とて、六國史の次に、本朝世紀、令、律、古事記、古語拾遺、次に記録ども
  • 時、日本紀所にて、舊案中、寳字元年紀全亡て存らざりし事、日本後紀に載た
  • 序て載給ひつれと、新國史をばのせたまはず、又桃華蘂葉〓面〓静、
  • 文徳實録、三代實録を載て、共に卷數紀年の自盡、撰者の名を注し、次に新國
  • 史を擧て、宇多天皇已來之事也とのみ記して、卷數撰者を注されざるは、本

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  • 當ノ時成
  • 四十卷本
  • ノ廢止
  • ハ朝綱別
  • 撰國史所

  • 天徳元年十二月二十八日

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  • 四〇八

注記 (41)

  • 444,639,59,1424さ聞えたる事なく、世にも普は廣まらざりけむ、
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  • 1837,634,57,425燒亡たりけむ、
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