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獻上せられた。, 文化六年二月十二日、關白鷹司政熙の斡旋に依り、水戸藩は「大日本史」を正式に, 幽谷の起草に係る藩主治紀の上表文と共に、始めて朝廷に獻上せられ、畏くも光, の歿するや、子の勤が更に之を繼承し、同三十九年八月に至つて、其の業全く完成, 格天皇の叡感を辱うし、優渥な敕諚を拜した。而して嘉永二年には刻本の業も, 題名とする事の敕許を得た。翌七年十二月朔日、紀傳刻本二十六卷一函は藤田, し、侯爵徳川圀順は同年十二月二十六日、「大日本史」の本紀・列傳及び志表三百九十, 功程が遷延し、遂に明治初年彰考館は一時閉鎖せられなければならなかつた。, 佛事志・氏族志・食貨志・兵志・刑法志は天功の手に成り、他は幕末の多事に煩されて, 先に續修と決定した志表は、豐田天功及び青山延光の弟延壽, 然るに明治十二年に至つて、栗田寛, 等が事に當り、, 完成して、同五年二月七日先づ幕府に呈せられ、次いで同月二十九日更に朝廷に, 七卷、目録五卷、計四百二卷を宮廷に捧呈した。光圀の史局を開いてより、正に二, 百五十年であつた。, の盡瘁に依つて再興せられ、同三十二年寛, 槍, 鐡, 栗, 里, 大日本史, への獻上, の完成, 大日本史, の題名決, 定と朝廷, 第一編尊王論の發達, 一二八
割注
- 槍
- 鐡
- 栗
- 里
頭注
- 大日本史
- への獻上
- の完成
- の題名決
- 定と朝廷
柱
- 第一編尊王論の發達
ノンブル
- 一二八
注記 (28)
- 1159,573,54,400獻上せられた。
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- 812,569,61,2224功程が遷延し、遂に明治初年彰考館は一時閉鎖せられなければならなかつた。
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