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青蓮院宮の令旨を奉じて西下する日を今や遲しと待つてゐたのである。, に歸國して、同志と戮力して義擧に從ふべきことを命じた一書を興へ、河内介も, と會し、青蓮院宮の令旨を奉じて歸國したき旨を懇請した。八郎は田中河内介, 海賀宮門, 猶も肥後の高瀬の松村大成の許に留まつてゐたが、密かに筑前に歸つて義徒を, てゐた者も各地に潛伏屏息してゐた時であつたので、國臣は更に秋月に赴いて, 後の松村深藏に至つては、屡〻訪れて志士の糾合を圖り、是に山梔窩は隱然西國志, 清河八郎が伊牟田尚平を伴つて九州を去れる後、平野國臣は安積五郎と共に, 募らうとし、文久二年正月五日、五郎と共に先づ眞木和泉を訪れて畫策を重ねた。, 中最年長者であつたから、自然衆望は和泉の一身に集り、和泉は河内介・八郎等が, 時に筑前の同志は〓ね罪を獲て、禁錮又は流〓の刑に處せられ、僅かに難を免れ, 士の潛伏地たるかの觀があるに至つた。此の時和泉は齡既に知命に達し、志士, と謀つて、鼎藏等を中山忠愛に〓せしめたが、忠愛は兩人を激勵せるのみか、速か, 此の時に當り、肥後の宮部鼎藏・松村深藏は正月十五日京都に上つて清河八郎, 等を訪ね、又御笠郡の吉田重藏, に遊説を試みた。, 戸原卯橘, 秀, 求, 繼, 明, 良, 直, の上京, の行動, 宮部鼎藏, 平野國臣, 松村深藏, 安積五郎, 第九編雄藩の國事幹旋, 五四
割注
- 秀
- 求
- 繼
- 明
- 良
- 直
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- の上京
- の行動
- 宮部鼎藏
- 平野國臣
- 松村深藏
- 安積五郎
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- 第九編雄藩の國事幹旋
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- 五四
注記 (31)
- 1401,546,58,2108青蓮院宮の令旨を奉じて西下する日を今や遲しと待つてゐたのである。
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- 682,552,52,251海賀宮門
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- 798,551,62,2303てゐた者も各地に潛伏屏息してゐた時であつたので、國臣は更に秋月に赴いて
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- 323,559,68,2298と謀つて、鼎藏等を中山忠愛に〓せしめたが、忠愛は兩人を激勵せるのみか、速か
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