『維新史』 維新史 3 p.77

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

せんことを慮り、三月十八日良藏を東上せしめて其の形勢を探らしめ、且つ家老, 義擧に參加したき旨を陳べたが許されず、却つて其の輕擧なるを戒められた。, 雄・樋口直次郎等は相前後して〓藩し、上國に走つたのである。, 發し、海路二十六日大坂に著いて、土佐堀の薩州藩邸に入つた。, 熊本藩に於いては、宮部鼎藏・松田重助等は本國に還れる後、藩廳に書を上つて, 鋭の士は固より之を屑しとせず、鼎藏の弟春藏, 薩州藩の態度と九州志士の蹶起の状とを傳へたので、藩廳は上國に變事の勃發, 斯くて同藩志士の領袖は〓ね傍觀の態度を執るの止むなきに至つたが、年少氣, 森山新藏・村田新八等と白石正一郎の宅に於いて相會し、二十二日相前後して出, 宅に會して、屡〻國事を議した。偶〻曩に薩州に使せる同藩士來原良藏は歸來して、, 月藩士海賀宮門を訪ひ、下關に於いては久光の命を受けて來關中の西郷吉之助・, 〓して、下關に集り、三月中旬長州藩士久坂玄瑞・土屋矢之助根等と白石正一郎の, 此の時に當つて、諸藩の志士の長州に集る者は多く、土州藩士吉村寅太郎・同宮, 久留米藩士原道太・同荒卷羊三郎・薩州藩士井上彌八郎等は何れも藩を, を始めとして、松田重助・竹下熊, 地宜藏, 増, 覺, 正, 正, 正増, の東上, 長州藩士, 熊本藩十, の東上, 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變, 七七

割注

  • 正増

頭注

  • の東上
  • 長州藩士
  • 熊本藩十

  • 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變

ノンブル

  • 七七

注記 (27)

  • 320,575,68,2300せんことを慮り、三月十八日良藏を東上せしめて其の形勢を探らしめ、且つ家老
  • 1387,563,63,2260義擧に參加したき旨を陳べたが許されず、却つて其の輕擧なるを戒められた。
  • 1028,567,64,1779雄・樋口直次郎等は相前後して〓藩し、上國に走つたのである。
  • 1622,565,58,1788發し、海路二十六日大坂に著いて、土佐堀の薩州藩邸に入つた。
  • 1505,636,61,2233熊本藩に於いては、宮部鼎藏・松田重助等は本國に還れる後、藩廳に書を上つて
  • 1147,566,64,1350鋭の士は固より之を屑しとせず、鼎藏の弟春藏
  • 437,567,68,2311薩州藩の態度と九州志士の蹶起の状とを傳へたので、藩廳は上國に變事の勃發
  • 1268,562,67,2313斯くて同藩志士の領袖は〓ね傍觀の態度を執るの止むなきに至つたが、年少氣
  • 1738,565,61,2304森山新藏・村田新八等と白石正一郎の宅に於いて相會し、二十二日相前後して出
  • 558,573,63,2312宅に會して、屡〻國事を議した。偶〻曩に薩州に使せる同藩士來原良藏は歸來して、
  • 1858,567,60,2317月藩士海賀宮門を訪ひ、下關に於いては久光の命を受けて來關中の西郷吉之助・
  • 674,564,65,2306〓して、下關に集り、三月中旬長州藩士久坂玄瑞・土屋矢之助根等と白石正一郎の
  • 913,634,67,2242此の時に當つて、諸藩の志士の長州に集る者は多く、土州藩士吉村寅太郎・同宮
  • 793,830,68,2043久留米藩士原道太・同荒卷羊三郎・薩州藩士井上彌八郎等は何れも藩を
  • 1158,2006,56,867を始めとして、松田重助・竹下熊
  • 793,571,54,182地宜藏
  • 1188,1941,40,38
  • 776,777,44,40
  • 1144,1942,44,34
  • 824,780,40,33
  • 1142,1940,86,38正増
  • 318,313,41,122の東上
  • 360,309,45,170長州藩士
  • 1519,299,44,171熊本藩十
  • 1474,305,42,121の東上
  • 213,735,49,1079第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變
  • 225,2436,39,78七七

類似アイテム