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山田亦介, 臼石正一郎の宅に入つて新藏と善後策を議したが、時會〻岡藩士小河一敏・浪士平, り、爾來志士等と〓りに會合して、久光の上洛を容易ならしむべく奔走したので, 京して義擧畫策中の志士を鎭撫するの重責に當らんと欲し、久光の指揮を仰が, ずして、即夜新八・新藏を伴つて下關より海路大坂に向つた。而して一敏・國臣等, も諸方に傳播せる爲に、各藩の志士は踵を接して下關に來集し、就中長井雅樂の, ことを命じたのであつた。仍つて吉之助は久光の出發に先だつこと三日、三月, 十三日村田新八と共に鹿兒島を發した。此の時に當つて、久光上京の報は早く, 野國臣等約二十人が訪ねて、決意を披瀝して意見を求むるあり、吉之助は急ぎ上, も亦相前後して上坂した。吉之助等は二十六日大坂に著し、二十九日伏見に到, 形勢を偵察し、併せて長州藩の態度を探知せしめ、下關に於いて己が駕を迎へる, 途中に在る吉之助に來關を促した。吉之助は行を急いで二十二日下關に著し、, 航海遠略策を藩是として、公武周旋を畫策せる長州藩の如きは、最も關心を寄せ、, 山新藏は此等諸藩有志と會するに及び、事態の頓に逼迫せるを知り、飛脚を以て, を下關に派して應接に當らしめてゐた。下關に駐まれる薩藩士森, 章, 公, 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京, 七三
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- 章
- 公
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- 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京
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- 七三
注記 (19)
- 1278,571,51,252山田亦介
- 909,565,59,2300臼石正一郎の宅に入つて新藏と善後策を議したが、時會〻岡藩士小河一敏・浪士平
- 321,563,60,2300り、爾來志士等と〓りに會合して、久光の上洛を容易ならしむべく奔走したので
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- 556,566,59,2302ずして、即夜新八・新藏を伴つて下關より海路大坂に向つた。而して一敏・國臣等
- 1514,564,60,2299も諸方に傳播せる爲に、各藩の志士は踵を接して下關に來集し、就中長井雅樂の
- 1751,571,58,2294ことを命じたのであつた。仍つて吉之助は久光の出發に先だつこと三日、三月
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- 1261,844,42,39章
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