『維新史』 維新史 3 p.55

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

擔するに至つたのである。, り、更に二月朔日には水田村の和泉を訪ねた。會大鳥居理兵衞及び淵上郁太郎, の志士は、八郎の入説によつて同盟を約したとは云へ、未だ心中より深く八郎を, 訪れて、忠愛・河内介の檄文を示したのであつた。曩に松村大成父子を始め肥後, を以て鹿兒島を發し、途中熊本に河上彦齋を、高瀬に松村大成を訪れて義擧を謀, 信ずるに至らなかつたのであつたが、是に至つて始めて意を安んじて、義擧に荷, 府の途次、九州志士を歴訪し、義擧の素地を作らうとした。斯くて正月二十三日, 袖たりし柴山愛次郎・橋口壯助に江戸詰を命じたので、兩人は新七等と相議し、出, 行を屠り、東西並び起つて王政復古の大業を實現することに決した。猶又國臣, 藏・深藏は勇躍二月五日に歸國して、同志に事の顛末を報じ、且つ水田村に和泉を, 亦之に副書して、己れは二月中旬令旨を奉じて西下するであらうと約した。鼎, 飜つて薩州藩士の行動を窺ふに、當時藩廳は有馬新七の同志にして、激派の領, 撃し、然る後島津久光を擁して義旗を飜し、同時に江戸に於いても亦老中安藤信, ・平野國臣等の會するあり、遂に議は兵を伏見に擧げて所司代酒井忠義等を襲, 廣, 祐, 郎橋口壯, 柴山愛次, の計畫, 助の行動, 王政復古, 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起, 五五

割注

頭注

  • 郎橋口壯
  • 柴山愛次
  • の計畫
  • 助の行動
  • 王政復古

  • 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起

ノンブル

  • 五五

注記 (23)

  • 1277,549,59,749擔するに至つたのである。
  • 682,548,60,2315り、更に二月朔日には水田村の和泉を訪ねた。會大鳥居理兵衞及び淵上郁太郎
  • 1513,559,66,2300の志士は、八郎の入説によつて同盟を約したとは云へ、未だ心中より深く八郎を
  • 1630,553,63,2307訪れて、忠愛・河内介の檄文を示したのであつた。曩に松村大成父子を始め肥後
  • 807,552,60,2309を以て鹿兒島を發し、途中熊本に河上彦齋を、高瀬に松村大成を訪れて義擧を謀
  • 1395,552,66,2307信ずるに至らなかつたのであつたが、是に至つて始めて意を安んじて、義擧に荷
  • 918,549,66,2311府の途次、九州志士を歴訪し、義擧の素地を作らうとした。斯くて正月二十三日
  • 1037,550,63,2312袖たりし柴山愛次郎・橋口壯助に江戸詰を命じたので、兩人は新七等と相議し、出
  • 325,550,60,2308行を屠り、東西並び起つて王政復古の大業を實現することに決した。猶又國臣
  • 1748,550,64,2311藏・深藏は勇躍二月五日に歸國して、同志に事の顛末を報じ、且つ水田村に和泉を
  • 1867,553,57,2305亦之に副書して、己れは二月中旬令旨を奉じて西下するであらうと約した。鼎
  • 1154,612,64,2248飜つて薩州藩士の行動を窺ふに、當時藩廳は有馬新七の同志にして、激派の領
  • 442,551,59,2310撃し、然る後島津久光を擁して義旗を飜し、同時に江戸に於いても亦老中安藤信
  • 558,608,63,2250・平野國臣等の會するあり、遂に議は兵を伏見に擧げて所司代酒井忠義等を襲
  • 546,553,42,36
  • 588,552,44,37
  • 1113,288,40,171郎橋口壯
  • 1156,288,43,168柴山愛次
  • 425,296,42,120の計畫
  • 1069,287,41,170助の行動
  • 470,294,42,168王政復古
  • 218,708,47,1477第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起
  • 220,2414,41,78五五

類似アイテム