『維新史』 維新史 1 p.203

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宜しく正統たる吉田兼雄を召されて然るべき旨を奉答した。, 四公卿の處分と式部の追放, 等は、式部は野卑なる新説を奉じ、師の松岡仲良より破門せられた程の者である、, 寶暦八年六月十日、關白近衞内前は先づ徳大寺公城の近習職を免じ、正親町三, 條公積の參朝を停め、東久世通積・高野隆古・西洞院時名に諭告を與へ、次いで所司, 近臣を罷免し、併せて式部を洛外に追放する以外に、御飜意を促すべき途がない, 然るに天皇の御決意は意外に御強くあらせられたので、攝家一同は御信任の, するとの宸翰をすら拜するに至つた。これに對して、關白・前關白・右大臣・内大臣, と考へるに至つた。斯くて事件は豫想外に進展することとなつた。, 代・町奉行に對して、竹内式部の糺問を依頼した。越えて七月二日、烏丸光胤・坊城, 叡慮は一に進講のことにのみ傾き給ひ、神道は祖宗の大道なれば、必ず學ぶを要, せられぬを飜し參らせ、漸くにして御聽許を得た。而して其の後になつても、御, 陪席せしに拘はらず、進講の不可なる旨を諫奏し奉り、天皇の容易に御承諾あら, 第二章尊王思想の發達第六節寶暦明和事件, 二〇三

  • 第二章尊王思想の發達第六節寶暦明和事件

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  • 二〇三

注記 (15)

  • 1295,567,59,1740宜しく正統たる吉田兼雄を召されて然るべき旨を奉答した。
  • 730,970,56,852四公卿の處分と式部の追放
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