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申渡, の如くであつた。, 八陣の圖を發見し、興復・再復の文字が隨所に散見するのと、書紀神代卷に關する, 講義が王政復古を幾分暗示するもののあつたのと、又三本木に於いて廷臣等に, 竹内式部, 酒宴を催したことのあつた等の廉で、漸次疑惑は高まり、遂に翌寶暦九年五月六, 相望候トモ相斷可申處、無其儀、殊經學計指南いたし候由申候得共、靖獻遺言, 等堂上方江致講談、其上三本木江堂上方被參候節、罷越酒宴いたし、都而教方, 其方儀、堂上方ヱ神書相傳候。堂上方ニハ神道其家々も有之事ニ候得者、被, 日式部を重追放に處し、其の子主計をも京都以外に追放した。其の申渡書は次, 不宜ニ付、堂上方弟子之分御咎被仰付候。殊ニ色々軍書武器等之風聞等有, 植地屋六之助借屋ニ罷在候, 麩屋町丸太町下ル町, 徳大寺家家來, 竹内式部, 第一編尊王論の發達, 二〇六
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- 第一編尊王論の發達
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- 二〇六
注記 (17)
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