『維新史』 維新史 1 p.257

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仕へ、後、功に依つて大名になつたものを云ふ。其の主なものは酒井・大久保・本多・, とある如く、時に小祿の者を小名として區別したこともあつたが、〓しては, 代大名と同一であつた。, の父廣忠以前に於いて分派せる者、即ち十八松平に至つては、待遇は全く他の譜, 者、第二には徳川氏が勢力を得るにつれて漸次來屬し來れる者、第三には徳川氏, 之をも總括して大名と稱した。即ち大名は將軍より所領の封興を受け、其の保, に依つて新に取立てられた者との三者に分類し得られる。第一の徳川氏の支, 衆・關東衆・上方衆等に分けられる。御國衆とは三河者の謂で、最も早く徳川氏に, 護を蒙るを以て、將軍の代替に際しては、新將軍に忠誠を旨とすべき誓詞を呈し, 流は、幕府成立以後に於いてこそは、三家・家門として大いに重んぜられたが、家康, 是等大名が成立するに至れる由來を考へるに、第一には徳川氏より分家せる, 己が代替の際は、所領の安堵状を受けるを常とした。, 第二の漸次徳川氏の臣隸と爲つた者は、時代の前後に依つて、更に御國衆・近國, 百山・内藤等の諸家で、小大名が多く、十萬石を超えたのは數家に過ぎない。近國, 二年, 寛永十, 御國衆, 近國衆, 第二編封建制度の分解, 二五八

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  • 二年
  • 寛永十

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  • 御國衆
  • 近國衆

  • 第二編封建制度の分解

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  • 二五八

注記 (20)

  • 346,581,71,2277仕へ、後、功に依つて大名になつたものを云ふ。其の主なものは酒井・大久保・本多・
  • 1698,726,71,2123とある如く、時に小祿の者を小名として區別したこともあつたが、〓しては
  • 712,585,55,666代大名と同一であつた。
  • 808,586,72,2268の父廣忠以前に於いて分派せる者、即ち十八松平に至つては、待遇は全く他の譜
  • 1141,583,72,2267者、第二には徳川氏が勢力を得るにつれて漸次來屬し來れる者、第三には徳川氏
  • 1583,585,72,2267之をも總括して大名と稱した。即ち大名は將軍より所領の封興を受け、其の保
  • 1030,588,72,2259に依つて新に取立てられた者との三者に分類し得られる。第一の徳川氏の支
  • 464,585,69,2257衆・關東衆・上方衆等に分けられる。御國衆とは三河者の謂で、最も早く徳川氏に
  • 1476,588,69,2264護を蒙るを以て、將軍の代替に際しては、新將軍に忠誠を旨とすべき誓詞を呈し
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  • 1823,2365,41,118二五八

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