『維新史』 維新史 3 p.176

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旨を所司代をして奏聞せしめて、茲に全く舊例を改めるに至つたのであつた。, 詢を辱うするの恩命は之を拜辭し、以後は任免の後に承命することに致したき, 方廷臣を威嚇し、其の態度を軟化せしめて、尚忠を復職せしめたのであつた。然, 稱號の朝旨に續いて、勅使敬待の命亦出で、更に傳奏血誓廢止のことが達せられ, であらう。十一月五日、因州藩主池田慶徳, るに今や時勢一變して、朝權は日日に伸張し、幕府の威望は却つて薄らぎ、和宮御, るに至つた。朝官任免の御垂問が止められたのは、蓋し必然の趨勢といふべき, 代を派して進上物を呈し、幕府からは譜代大名同樣の待遇を受けてゐたのであ, が國事周旋の朝命を蒙つて出府, の十七家を指し、幕府の吉凶の禮に際し、勅使・攝家の使者が東下する時は、必ず名, するや、直ちに慶永と會して之を諮り、遂に幕府は十二月十六日に至り、事前に諮, 堂上昵近衆の制が廢せられたのも、亦此の時であつた。昵近衆とは日野・六條・, しめんと欲し、前例により幕府に垂問せられるや、幕府は朝旨を遵奉せず、果は百, 山科・冷泉・堀河・廣橋・柳原・烏丸・高倉・四條・飛鳥井・三條西・橋本・舟橋・梅園・土御門・勸修寺, つた。文久三年三月三日、朝廷は令して〓近衆の稱を停めさせられたが、幕府は, 相模, 守, 廢上, 〓近衆の, 第十編朝權の確立, 一七六

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  • 相模

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  • 〓近衆の

  • 第十編朝權の確立

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  • 一七六

注記 (21)

  • 788,552,64,2265旨を所司代をして奏聞せしめて、茲に全く舊例を改めるに至つたのであつた。
  • 904,547,64,2317詢を辱うするの恩命は之を拜辭し、以後は任免の後に承命することに致したき
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