『維新史』 維新史 1 p.277

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下のみに集中し置くに困難を感じ、外城に移して自活せしめたのに起因するも, ので、寶暦六年の「薩州分限帳」に依れば、實に二十郡六十二郷に二萬二百九十七人, 本務とした。薩摩藩の外城衆中を以て其の適例とすべく、同藩が多數武士を城, である。以上は武士にして農村に住居した者であるが、猶外に百姓にして武士, の多きに達したといふ。土佐藩に於ける長曾我部の遺臣たる百人衆も亦有名, 千人衆等は其の一例で、舊族たるに依つて特に郷士の資格を與へられたが、軍役, 多く、其の結果として、失祿の牢人, を以て遇せられた者があり、大和十津川郷士・近江甲賀衆・信濃伊那衆・武藏八王子, 江戸時代の當初に於いては、幕府の忌諱に觸れて、大名で除封・減封される者が, には服さなかつた。又百姓で治水・開墾・獻金の功績に依り、苗宇帶刀を許されて, 五牢人, 郷士の待遇を受けたものもあつた。, 彼等が社會上隱然たる勢力を有したことは、大坂の役・島原の亂等の事實に徴し, も亦多數發生するに至つた。, 中期以後は浪人の文字, が代はつて用ゐられる, 牢人の發, 生, 第二編封建制度の分解, 二七八

割注

  • 中期以後は浪人の文字
  • が代はつて用ゐられる

頭注

  • 牢人の發

  • 第二編封建制度の分解

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  • 二七八

注記 (20)

  • 1609,563,61,2281下のみに集中し置くに困難を感じ、外城に移して自活せしめたのに起因するも
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  • 1055,565,60,2277千人衆等は其の一例で、舊族たるに依つて特に郷士の資格を與へられたが、軍役
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