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四熊本米澤薩摩三藩の改革, 庶政の弛緩・財政の窮乏は、獨り江戸幕府に於いてのみ見られた現象ではなく, 宗・老中松平定信・水野忠邦の施設と大小の差異があるだけであつた。例へば備, の當時は財政極度に窮乏に瀕してゐたことは、三井高房の「町人考見録」に、, 不埓成御家柄にて、度々町人の借金斷り有之。, は正保・明暦の頃熊澤伯繼を用ゐて、藩治の刷新に努めた, 底晏如たるを得ずして、藩政の再建に苦慮盡瘁したことは、幕府に於ける將軍吉, 實に諸藩全般に共通の憂患であつた。而して心ある爲政者が斯かる事實に到, 大方大名がしの筋はおなじ事とはいひながら、其内わけて細川家は前々より, 細川重賢は延享四年より天明五年迄の三十八年間熊本藩主であつたが、襲封, が藩政の改善に力を致し, て、共に名君の名を擅にしたのであつた。, といふも過言では無かつた。, 前藩主の池田光政, が、後れては熊本の細川重賢, 米澤の上杉治憲, 彈正, 新太郎, 大弼, 少將, 越中, 守, 細川重賢, の治, 第二章封建制度崩壤の過程第三節幕政及び藩政の改革, 三七九
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- 彈正
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- 細川重賢
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- 第二章封建制度崩壤の過程第三節幕政及び藩政の改革
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- 三七九
注記 (26)
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