Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
あつた。然るに葡萄牙・西班牙は、單なる通商に止まらず、基督教の傳道を行つた, 爲、其の間動もすれば其の政策の目的に疑念を抱かしめる虞があつた。天文十, 印度沿岸地方より南下してモロッカ諸島・スマトラ・瓜哇等を略取し、更に北上し, 十五世紀末葡萄牙人に依る喜望峰迂囘航路の發見は、東西兩大陸を結ぶ海上交, は通商の開拓と、基督教傳播の大使命を帶びて、早くも永正七年, 海峽を經て西進した西班牙は葡萄牙と共に東洋の海上權を獨占するが如くで, 通の端緒を開き、茲に歐洲諸國民の海外進出は一段の飛躍を齎した。葡萄牙人, て支那南方沿岸地方に迄發展した。十六世紀に於いては、南米の南端マゼラン, あつたが、再び端を基督教布教問題に發し、遂に我が國よりも追放せられて、嚴重, の臥亞を占領し、此の地に商館を設置して東洋進出の根據地となし、波斯灣及び, しめたかの如くであつたが、其の後澳門に商館を設置し、漸く通商の繼續に成功, に於ける基督教徒迫害事件は、一時葡萄牙の對支貿易を中絶せ, した。既に葡萄牙は天文十一年, 四年, に鎖國令が勵行せられることとなつた。斯かる間に蘭・英の兩國は各〻東印度會, には印度, の頃より、我が國と貿易を開始したので, 西暦一五四五年, 西暦一五, 嘉靖二十四年, 西暦一五, 四二年, 一〇年, 葡・西兩, 上權掌握, 葡萄牙人, 蘭・英兩, 東洋航路, 國極東海, 國の東進, を開く, 第三編鎖國政策の破綻, 三九四
割注
- 西暦一五四五年
- 西暦一五
- 嘉靖二十四年
- 四二年
- 一〇年
頭注
- 葡・西兩
- 上權掌握
- 葡萄牙人
- 蘭・英兩
- 東洋航路
- 國極東海
- 國の東進
- を開く
柱
- 第三編鎖國政策の破綻
ノンブル
- 三九四
注記 (33)
- 904,571,64,2276あつた。然るに葡萄牙・西班牙は、單なる通商に止まらず、基督教の傳道を行つた
- 794,564,63,2279爲、其の間動もすれば其の政策の目的に疑念を抱かしめる虞があつた。天文十
- 1244,574,69,2272印度沿岸地方より南下してモロッカ諸島・スマトラ・瓜哇等を略取し、更に北上し
- 1708,584,71,2262十五世紀末葡萄牙人に依る喜望峰迂囘航路の發見は、東西兩大陸を結ぶ海上交
- 1480,581,64,1791は通商の開拓と、基督教傳播の大使命を帶びて、早くも永正七年
- 1016,566,66,2275海峽を經て西進した西班牙は葡萄牙と共に東洋の海上權を獨占するが如くで
- 1593,582,67,2270通の端緒を開き、茲に歐洲諸國民の海外進出は一段の飛躍を齎した。葡萄牙人
- 1129,577,63,2257て支那南方沿岸地方に迄發展した。十六世紀に於いては、南米の南端マゼラン
- 351,575,61,2271あつたが、再び端を基督教布教問題に發し、遂に我が國よりも追放せられて、嚴重
- 1358,578,69,2268の臥亞を占領し、此の地に商館を設置して東洋進出の根據地となし、波斯灣及び
- 575,575,61,2267しめたかの如くであつたが、其の後澳門に商館を設置し、漸く通商の繼續に成功
- 685,1047,60,1794に於ける基督教徒迫害事件は、一時葡萄牙の對支貿易を中絶せ
- 462,574,59,917した。既に葡萄牙は天文十一年
- 696,574,52,111四年
- 240,575,63,2271に鎖國令が勵行せられることとなつた。斯かる間に蘭・英の兩國は各〻東印度會
- 1480,2598,49,249には印度
- 460,1723,54,1120の頃より、我が國と貿易を開始したので
- 721,716,42,298西暦一五四五年
- 1506,2405,41,162西暦一五
- 677,718,42,251嘉靖二十四年
- 490,1519,41,163西暦一五
- 447,1524,38,120四二年
- 1464,2415,40,108一〇年
- 1021,320,38,162葡・西兩
- 930,320,43,161上權掌握
- 1630,324,41,164葡萄牙人
- 295,314,40,163蘭・英兩
- 1584,324,41,167東洋航路
- 977,320,39,163國極東海
- 250,314,39,163國の東進
- 1545,329,35,115を開く
- 1834,711,48,578第三編鎖國政策の破綻
- 1831,2361,39,115三九四







