『維新史』 維新史 1 p.410

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三第二囘遣日使節の來航, 我が國に特派使節を送らしめる動機となつた。前述の如きシェリコフ及びゴ, の各地に出張所を設け、事業は漸く順調に發展したが、未だ政府の支持を受ける, 巷間に流布せられ、海外知識に乏しかつた我が國民は是によつて露國の國情の, 儀王より被仰渡候事ニ者無御座候。全く右之役人之存寄ニ而被申聞候事と, 幕府が通商を拒否し乍らも、長崎入港の信牌を與へたことは、露國をして再び, リコフの共同經營に成る會社は、其の後本社をイルクツクに置き、アレウト諸島, には至らなかつた。時にシェリコフの女婿で同會社の株主であつたニコライ, レザノフの畫策して、大いに周旋につとめた結果、遂にパウル皇帝の敕許を得て、, と答へてゐる。此の將軍上覽の記或は幸太夫漂流譚等は、當時轉寫してひろく, 推量仕候。(魯西亞國問答), 名を露米會社と改め, 一端を知ることが出來たのである。, 本社をペテルブルグに移し、北太平洋に於ける, 寛政十一年, 西暦一七九九年, 露米會社, の成立, 第三編鎖國政策の破綻, 四一二

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  • 寛政十一年
  • 西暦一七九九年

頭注

  • 露米會社
  • の成立

  • 第三編鎖國政策の破綻

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  • 四一二

注記 (20)

  • 1017,984,63,785三第二囘遣日使節の來航
  • 787,572,72,2265我が國に特派使節を送らしめる動機となつた。前述の如きシェリコフ及びゴ
  • 564,576,75,2266の各地に出張所を設け、事業は漸く順調に發展したが、未だ政府の支持を受ける
  • 1356,579,74,2264巷間に流布せられ、海外知識に乏しかつた我が國民は是によつて露國の國情の
  • 1712,648,70,2202儀王より被仰渡候事ニ者無御座候。全く右之役人之存寄ニ而被申聞候事と
  • 898,640,73,2204幕府が通商を拒否し乍らも、長崎入港の信牌を與へたことは、露國をして再び
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  • 455,577,70,2263には至らなかつた。時にシェリコフの女婿で同會社の株主であつたニコライ
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