『維新史』 維新史 1 p.482

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於いて伊濱・下田・柏窪・韮山、相模に於いて甘繩・三崎・燈明堂・浦賀・走水、房總方面には, とあつて、一手は銚子より房州の浦々を通り、他の一手は豆州西浦より東海邊浦, は老中の地位を去り、寛政九年, 豆・相模の形勢を考へ、遙かに房總の地勢に照して考案する所のあつた末、伊豆に, 浦、夫より相州浦賀・三崎に出て、二手共浦賀より神奈川にて會合評議すべき旨が, 百首・富津を防備地と指定して歸府した。而して未だ實施に著手せずして定信, から、巡檢することに決し、三月十八日勘定奉行久世廣民・目付中川勘三郎・森山源, 處置を諸大名に布達した。曰く, 成場所にて候事。, 達せられた。一行は三月初旬歸府し、夫々報告する所があつた。次いで定信自, 門・浦賀奉行仙石次左衞門等を從へて江戸を出立した。而して定信は巨細に伊, 異國船漂著之節之取計、寛政三亥年委細相達候趣勿論ニ候得共、若心得違候而、, 五郎・勘定組頭勝屋彦兵衞・勘定椎名五郎八其他代官大貫次右衞門・江川太郎左衞, 此方より事を好、手荒成働仕出し候而ハ不宜候、先方より重々不法之次第相決, 十二月に至つて幕府は外國船渡來の時の, 西暦一七, 九七年, 寛政九年, の達, 松平定信, の巡視, 第三編鎖國政策の破綻, 四八四

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  • 西暦一七
  • 九七年

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  • 寛政九年
  • の達
  • 松平定信
  • の巡視

  • 第三編鎖國政策の破綻

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  • 四八四

注記 (23)

  • 803,575,62,2266於いて伊濱・下田・柏窪・韮山、相模に於いて甘繩・三崎・燈明堂・浦賀・走水、房總方面には
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  • 693,577,62,2267百首・富津を防備地と指定して歸府した。而して未だ實施に著手せずして定信
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