『大日本史料』 6編 1 元弘3年5月~建武元年10月 p.227

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程に、阿蘇郡も、大かたは公卿の所領となりたりしと見えて、南郷の色見、鳥, 山の二村も、其比は、中院家の御領となりてありしを、武家より、また地頭を, 朝紳各營私の謀をのみ事とせられし程に、諸國の莊園、年々に多くなりし, りしと見えたり、其後治承の比に至りては、阿蘇郡一圓なといふはさらに, て、其南郷はかりたにも、ふさねては管領したりしことなかりしと見えて, 置て、承久の比は、北條義時其處の地頭にてありしかとも、古來よりの神領, 管領と見えたるをおもへは、治承の比は、朝權いよ〳〵かろくなりしより、, なれは、義時、また地頭職を惟次, かたきやうなれとも、右の元弘三年十二, 甲佐、郡浦等三社にも、定まれる神領をも、みな大宮司より管領してありし, さて寛弘の注文を、後證のため、承暦に、在廳より阿蘇社大宮司へ施行した, ことなるを、惟安か時には、郡浦はさらにて、甲佐社まても、他人の所領とな, に避讓りしこと、承久二年の義, 出されし綸旨に、肥後國甲佐、健宮、郡浦等三社、止本家領家之號、付本社、可令, 月の綸旨と、同時に副て, 前に云たることく南郷の中にて、わすか郷村十ケ所を傳領したるは、心え, 時か状、嘉祿中の泰時か状なとに見えたり、, 昔は阿蘇郡の外に、健軍宮、, ○惟時ヨリ, 五世ノ祖, ○二ノ字, 衍ナリ, ○中, 略, 元弘三年十月二日, 二二七

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  • ○惟時ヨリ
  • 五世ノ祖
  • ○二ノ字
  • 衍ナリ
  • ○中

  • 元弘三年十月二日

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  • 二二七

注記 (26)

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