『維新史』 維新史 1 p.542

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織物、木綿・麻並びに其の織物、蘇枋木・樟腦・胡椒・砂糖・丁子・肉荳壺・革類・鏡・硝子器等で, 禁制品に關しては嚴重な檢査のあるのは勿論、新舊館長以下館員船員等が或る, 寛永・萬治の頃, 當時輸入品の主なるものは、支那・東京・印度・ペルシヤよりする生絲・絹並びに其の, 科學上にも、和蘭の貢獻した所は頗る大なるものがあつて、日蘭兩國は二百四十, 年間の久しきに亙つて、他國に類なき密接な關係を保つてゐた。文政年間にシ, 降には四五艘に限定せられ、寛政二年以降には一艘に限定せられたのであつた。, 輸出品の主なるものは陶器・漆器・屏風・米・麥・酒・醤油・茶・煙草・干魚・豚肉等であつた。, 憂とする所であつて、年代の下るに從つて貿易額に制限が加へられた。かつて, 制限の下に、私貿易を行ふことも許されてゐる慣例で、日蘭貿易は、圓滑に行はれ, て來たが、此の貿易によつて銀の海外へ流出することが夥しく、これが爲政者の, 六十五萬餘グルデンの利盆があると云はれた日蘭貿易も、元祿十三年, ーボルト事件があつて、和蘭人の心事に就いて我が國人をして疑念を懷かしめ, 獨り通商關係に於いてのみでなく、前述の如く我が國の自然科學並びに人文, 以, 四五隻乃至十數隻の蘭船が來て、和蘭には一箇年平均, 至西暦一六六〇年, 自西暦一六四二年, 西暦一七, ○〇年, 關係, 日蘭文化, 第三編鎖國政策の破綻, 五四四

割注

  • 至西暦一六六〇年
  • 自西暦一六四二年
  • 西暦一七
  • ○〇年

頭注

  • 關係
  • 日蘭文化

  • 第三編鎖國政策の破綻

ノンブル

  • 五四四

注記 (24)

  • 777,584,64,2285織物、木綿・麻並びに其の織物、蘇枋木・樟腦・胡椒・砂糖・丁子・肉荳壺・革類・鏡・硝子器等で
  • 1706,588,64,2273禁制品に關しては嚴重な檢査のあるのは勿論、新舊館長以下館員船員等が或る
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  • 442,585,66,2271科學上にも、和蘭の貢獻した所は頗る大なるものがあつて、日蘭兩國は二百四十
  • 330,588,65,2264年間の久しきに亙つて、他國に類なき密接な關係を保つてゐた。文政年間にシ
  • 1007,583,62,2295降には四五艘に限定せられ、寛政二年以降には一艘に限定せられたのであつた。
  • 665,585,67,2222輸出品の主なるものは陶器・漆器・屏風・米・麥・酒・醤油・茶・煙草・干魚・豚肉等であつた。
  • 1353,586,62,2266憂とする所であつて、年代の下るに從つて貿易額に制限が加へられた。かつて
  • 1587,591,63,2270制限の下に、私貿易を行ふことも許されてゐる慣例で、日蘭貿易は、圓滑に行はれ
  • 1469,596,63,2261て來たが、此の貿易によつて銀の海外へ流出することが夥しく、これが爲政者の
  • 1120,591,63,1996六十五萬餘グルデンの利盆があると云はれた日蘭貿易も、元祿十三年
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