『維新史』 維新史 1 p.622

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さるるに至つたので、プウチヤーチンは、安政元年, しめ、やがて艦隊を率ゐて十二月五日に長崎に〓つた。, 航路を變更して箱館に來り、一書を投じて大坂灣に入るべしと告げ、九月十八日, 上して日露國境を現地に就いて調査しようとし、樺太の亞庭に行かうとしたが, 其の書の未だ幕府に進達せられない前に、〓如として姿を大坂灣頭に現した。, 此の時露艦は僅かに一隻のみであつたが、是は自國の沿海州防備の爲、艦隊の一, 避けたが爲で、大坂に寄港したのも敵艦隊搜査の目を〓するが爲であつた。川, て琉球に立寄り、マニラに赴いたが、形勢非なるを察して再び長崎に〓り、更に北, でプウチャーチンは、上海上陸中の士卒に緊急命令を下して舟山列島に集合せ, に關して議したが、容易に解決を見るに至らない。然るに露國は愈〻英佛兩國と, 部をべトロパウロウスクに殘留せしめ、艦數を減じて敵艦に發見されることを, 戰端を開き、極東の海上に於いても、露西亞に對する英佛兩國の敵對行動が展開, 一月八日長崎を出帆し, 長崎に於いてプウチヤーチンは我が露使應接掛と會して、屡〻國境並びに通商, 路聖〓, は、此の模樣を記して、, 西暦一八, 勘定, 五四年, 奉行, 露艦マニ, ラに向ふ, 第三編鎖國政策の破綻, 六二四

割注

  • 西暦一八
  • 勘定
  • 五四年
  • 奉行

頭注

  • 露艦マニ
  • ラに向ふ

  • 第三編鎖國政策の破綻

ノンブル

  • 六二四

注記 (24)

  • 1130,584,61,1386さるるに至つたので、プウチヤーチンは、安政元年
  • 1581,588,63,1543しめ、やがて艦隊を率ゐて十二月五日に長崎に〓つた。
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  • 1010,581,71,2262て琉球に立寄り、マニラに赴いたが、形勢非なるを察して再び長崎に〓り、更に北
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